2000年から2007年3月までのプーのひとりごとを掲載しています。
それ以降の プーのひとりごとはこちらをご覧下さい。

----2007年----

3月17日 紙一重

運不運はまさに紙一重。
世の中どうすることもできないことがあまりにも多すぎる。
プー カングァン

3月13日 チャンチャン

あれもしなければこれもしなければと焦るのだが、
遅々として進まず、頭を痛めるプーでした。チャンチャン。
プー カングァン

3月8日 なお一層

最近疲れがたまって、いつぶっ倒れるか不安になります。
しかし大好きな歌の仕事なので、なお一層疲れたいと思います。
プー カングァン

3月4日 ゆらゆらと

一寸先は闇。
明日の命さえもわからぬ私達の人生。
まるで根無し草のようにゆらゆらとこの世を旅する。
どこへ行くかなど誰にもわからぬまま、今日もゆらゆらと、明日もゆらゆらと。
プー カングァン

3月3日 チキンラーメン

夜中に体に悪いっていうのはわかってはいるのだが、チキンラーメンを食べてます。
これがおいしいんだなあ。
即席ラーメン世代のプーは未だに即席ラーメンには目が無い。
昔、我が家に保管していたチキンラーメンを一つくすねて、そのまま丸かじりして一つたいらげた後、気持ちがとっても悪くなった頃のことを思い出しながら、ニヤっと笑いながら、52になったプーが今、チキンラーメンを食べてます。
ほんまおいしいわあ。
プー カングァン

3月2日 「回る」

不思議な一日の回りを、不思議な心で回るプーでした。
プー カングァン

2月28日 「病気」

これだけ文明が発達しているにもかかわらず、新しい病気が次々と現れては人を悩ませる。
まるで誰かが病気を作っているかのように。
プー カングァン

2月26日 オラ知んね

劇的な時代の変化に気づいてか気づいてないのか、動きなし。
オラ知んね!
プー カングァン

2月22日 そんな馬鹿な!

プーの人生幾度そう思ったことだろう。
これからもそんな馬鹿な!という出来事が幾度も訪れることでしょう。
プー カングァン

2月19日 白い雲のように

数え切れぬ悲しみを乗せて人は生きる。
命尽きるその日まで。
せめてあの白い雲のように飄々と僕はこの世を飛んでいきたい。
プー カングァン

2月16日 ご苦労様

電車のつり革を必死に握るプーの皺があまりにも多くなった手に、驚きながらも思わずご苦労様でしたと小さく声をかける。
プー カングァン

2月13日 絶妙なるバランス

まさに絶妙なるバランスの下で生きている私達。
普段この絶妙なるバランスを意識していないのだが、意識するとまさに絶妙なるバランスに驚かされる。
この絶妙なるバランスに感謝しつつ、今日もがんば、がんば。
プー カングァン

2月10日 時

幾度もあきらめようと思った。
その度にもう一度だけと、生き直しをしてきた。
しかし時は待たずに、今も刻々と過ぎてゆく。
プー カングァン

2月8日 今ならまだ

この暖かさ。不安に思うのはプーひとりではないでしょう。
今なら間に合うかもしれない。今ならまだ!
プー カングァン

2月4日 安い喫茶店

24時間営業の安い喫茶店。
換気の悪い地下のかび臭い店内。
一人煙草を吸いながらプーは疲れた体と心をひととき休ませる。
煙草の煙は低い天井を曇らせながら拡散してゆく。
うーん、俺も結構長く生きてきたな、とふと思った。
プー カングァン

2月1日 せっかく

せっかく生まれてきたのだもの。
幸せを感じてこの世を去りたい。
せっかく生きているのだもの。
夢に向かって生きていきたい。
プー カングァン

1月31日 プーでした

あまりにも忙しすぎて目が回りそう。
雑務の多さにまさにてんてこまい。
でもこんな時代があってもいいかなと思うプーでした。
プー カングァン

1月28日 今日から

もうやめよう。
もうよそう。
もうたくさんだ。
そう、本心で生きてゆくんだ。今日から俺は。
プー カングァン

1月29日 まだまだ

音楽を志して長い年月が経ったが、まだまだ何も見えない。
まだまだ道は遠い。
プー カングァン

1月28日 今日から

もうやめよう。
もうよそう。
もうたくさんだ。
そう、本心で生きてゆくんだ。今日から俺は。
プー カングァン

1月27日 瞬間湯沸器

プーはまさに瞬間湯沸器。
短気は損気、分かっちゃいるのだが、いつでもいつも瞬間湯沸器。
そろそろ年なんだから、瞬間湯沸器をいい加減卒業したいものです。
プー カングァン

1月26日 白い雲

思いつめた心は冬の寒空にいつもはかなく消えてゆくのです。
それはまるで旅を急ぐ白い雲のように。
プー カングァン

1月25日 やる気マンマン

歯茎の痛みがまだ冷めやらぬこの頃のプー カングァン。
年老いた年老いたと大騒ぎしてますが、どっこい本音はまだまだやる気十分。
これからもたくさん歌を作るぞー!
プー カングァン

1月21日 無題

この心だけは変わらないと思った思いが、十数年を経て変わる。
それはまるで宇宙が消えて無くなるような感覚。
信じることが意味をなさない世界に投げ出されたような時と空間。
ああ、僕はこれからどう生きていけばいいのだろう。
プー カングァン

1月19日 老い

老いはどこから来るのだろう。
人によって様々だとは思うが、まずは老いに納得するところから来るのだろう。
プーはしたり顔で思った。
そう、何のことはない。このプーが自分自身の老いにこの頃納得し出してきただけのこと!
プー カングァン

1月16日 中央線

中央線最終電車はいつも遅れる。
遅れるから今回はゆっくり行こうとすると、そういう時に限って時間通りに来てさっさと定刻通りに行ってしまう。
なんちゅうフェイント。いいかげんにせい!とちゃぶ台をひっくりかえすプーでした。
プー カングァン

1月15日 正月

せっかくの正月もあっという間。
来年の正月はもっともっと楽しくするぞ。
プー カングァン

1月11日 真逆

辛いことは忘れて、楽しいことだけ覚えていたい。
だけどどうしてこう辛いことだけ思い出すのだろう。
きっと人は、こうしなければと思うと、真逆にゆく癖があるのでしょう。
プー カングァン

1月10日 ややこしい

善と悪が交錯する人間。
善を出せば善人、悪を出せば悪人。
どちらで生きるかは本人次第。
しかし善と悪が交錯するから、これが本当にややこしい。
見事にややこしい。
プー カングァン

1月9日 一歩ずつ

年が代わり既に1月の真ん中に差しかかろうとしています。
つまんない悩みや、ない不安に時間割くことなく、一歩ずつ歩いていきたいと願うプーでした。
プー カングァン

1月8日 そんなことはない

苦しい毎日、惨めな毎日、不安な毎日。
いい目はこれっぽちもない。
いや、そんなことはない。
プー カングァン

1月7日 お正月

楽しい楽しいお正月は見事にあっという間に過ぎました。
みなさん今年も素晴らしい年にして、来年また楽しい楽しい正月を迎えましょう。
プー カングァン

1月1日 2007年

明けましておめでとうございます。
2007年、今年もよろしくお願いします。
プー カングァン

----2006年----

12月31日 酒を飲む

一年を振り返りながら酒を飲む。
来年は苦い酒ですらグイッと一息に飲む人間になりたい。
プー カングァン

12月30日 心の旅

嫌な思い出を袋に詰めて、どこかに流してしまいたい。
いざ、今こそ心の旅を。
プー カングァン

12月29日 何を問う

絶え間ない時の流れ。
数え切れない命たちが生まれては消えゆく。
そのとてつもない大きな時と空間の中で、小さな私はこの世で何を問う。
プー カングァン

12月27日 演劇

演劇って本当に不思議。
だって全く違う人間になって生きているのだもの。
だからこそ、深くて魅力的なのでしょう。
プー カングァン

12月26日 いかだ

そんな世界なんてありえないと思って生きてきた。
何の事は無い、そんな世界って山ほどあるのですね。
気づくのが少し遅かったけど、なんのなんの。
今からでもいかだを作って航海航海。
プー カングァン

12月25日 突っ走る覚悟です

良い疲れとそうでない疲れがありますが、最近のプーは前者が多いと思われます。
少し疲れ過ぎかとは思いますが、このまま突っ走る覚悟です。
プー カングァン

12月24日 クリスマスイブ

今日はクリスマスイブ。
街は華やかに浮かれ、年に一度のこの日をみなさん大いに楽しんでおられるようですが、今日この時をさみしく過ごされている方もいると思います。
プーはそんな人にBUNGAに遊びに来て欲しいなと願っています。
そのためにもBUNGAを作ったのですから。
プー カングァン

12月23日 お月さん

怒りに振り回されたくないと思いながらも、しっかり振り回される自分がいる。
あの丸いお月さんのようにゆったりと夜空に浮かんでいたいのに。
プー カングァン

12月22日 内緒

ここまで生きてきたならば、いっそ無理だとばかり思っていた理想を具現化したいとこの頃思い出してきた。
どんな理想化って?
それは内緒内緒!
プー カングァン

12月21日 戦争兵器

戦争兵器を作って儲ける奴ら。
戦争兵器を売って儲ける奴ら。
その仕組みを作って儲ける奴ら。
人間はいつまでも変わらないものなのか?
プー カングァン

12月20日 笑顔は

長い年月信じきっていたことが根こそぎ崩れたら人はどうなって行くのでしょう。
きっと笑顔は戻らないことでしょう。
プー カングァン

12月19日 52歳になり

正しく物事を見るということがこれほど難しいとは。
52才になり、今思い知らされています。
プー カングァン

12月18日 同時に

自分がいることに誰かが喜んでくれる、それって幸せの第一歩であると同時に、幸せのはじめでもあるのでしょう。
プー カングァン

12月17日 いとしい人よ

いとしい人よ、いつまでも変わらないで。
いとしい人よ、いつまでも僕の側に。
いとしい人よ、いつまでもいつまでも。
プー カングァン

12月15日 ラストスパート

今年もあとわずか。
みなさんどんな年でしたか。
終わり良ければ全て良し。
プーはラストスパート頑張ります。
プー カングァン

12月14日 もうすぐクリスマス

もうすぐクリスマス。みなさんの予定は。
少し異常な気もするクリスマスですが、幸せな気持ちにしてくれるのならば、クリスマスも良いかなとは思います。
みなさん素敵なクリスマスを。
プー カングァン

12月13日 イヤダ!

ほとんど気持ちの持ち方一つ。
でも戦争だけはイヤダ!
プー カングァン

12月11日 楽に

力を抜けば浮く身なら、力を抜いて楽に生きたい。
プー カングァン

12月10日 すごい声

久々に風邪の為にすごい声になってしまった。
喉にも少し休養をと思ったプーでした。
プー カングァン

12月9日 知る

あまりにも知らないことが多すぎると、この頃特に感じ出してきました。
ちょっと欲を出して知らなければいけないことを知る努力をしようと思うプーでした。
プー カングァン

12月7日 わかりまへん

あきらめたら叶い、執着すると離れてゆく。
ほんに人生わかりまへん。
プー カングァン

12月6日 最終の中央線

最終の中央線は、まさに様々な人々が様々な顔で、
果てしなく疲れながら電車に運ばれてゆく感じ。
本当にみなさんご苦労様です。
プー カングァン

12月5日 どうせなら

一人でしゃべればひとりごと。
二人でしゃべればふたりごと。
どうせならふたりごとがいい。
プー カングァン

12月4日 膝小僧

膝小僧が寒くなる季節。
せめて自分で温めてあげたい。
プー カングァン

12月3日 世の中

自分で作った世の中じゃないんだからうまくいかないのは当たり前なんだけど、
もうちょっと何とかならないものかと思うのはプーだけでしょうか。
プー カングァン

12月2日 悪酔い気分

酔えば酔うほどほろ酔い気分。
生きれば生きるほど悪酔い気分。
もっといい酔い方はないものか。
プー カングァン

11月30日 解き放たれたい

誰も呼んでいないのにいつも急に不安が僕の胸に訪れます。
出物腫れ物ところ構わずではないけれど、まさにそれに似た感じ。
ああ、いつかこの呪縛から解き放たれたい。
プー カングァン

11月29日 現実

世にも不思議な物語。
これってとても現実なんですよね。
プー カングァン

11月28日 楽になるのかしら

何とかなる運命ならば何とかなる。
何とかならない運命ならば何とかならない。
このコツを知れば人生もう少し楽になるのかしら。
プー カングァン

11月27日 浅はか

昨日の敵は今日の友。
すぐに結論は浅はか。
プー カングァン

11月26日 クリア

常にクリアな目で様々なものを見たい。
そうすれば傷つくことも傷つけることも少なくなるから。
プー カングァン

11月25日 まだ知らない

人のさだめの不思議さは、生きれば生きるほどますます増してきます。
この不思議なさだめとどう付き合うべきか。どう向かい合うべきか。
プーはまだ知らない。
プー カングァン

11月24日 突き進んで行きたい

光陰矢の如し。
人の命もある意味矢の如し。
それならばこのプーも突き進んで行きたい。
プー カングァン

11月23日 52才

52才になると少しずつ体にガタが来ていることを日毎夜毎に感じ出してきています。
本当に無理がきかなくなってきました。
しかしプーはまだまだ、これからこれから。
プー カングァン

11月22日 限界

限界を超えるとこんなにも思いが変わるものなのですね。
自分でも不思議なくらい。
プー カングァン

11月21日 愛

人は生まれながらにして囚われていると誰かが言っていた。
それならばせめて愛を信じて生きてゆきたい。
プー カングァン

11月19日 平和がいい

傷つきたくないし、傷つけたくもない。
だから平和がいい。
プー カングァン

11月18日 強い人なんて一人もいない

強い人なんて一人もいない。
みんな弱いのです。
みんな弱さを認め合い、共に助け合って行く道があるということを体感しあってほしいと願うプーでした。
プー カングァン

11月17日 夢思う

争いの無い時代を夢思う。
平和な時代を夢思う。
みんなが愛し合う時代を夢思う。
自分をも愛せる時代を夢思う。
いつもいつも夢思う。
プー カングァン

11月16日 前進あるのみ

為そうとすると必ず逆の風が吹く。
でも決してあきらめず、前進あるのみ。
プー カングァン

11月14日 大切

続けることの難しさは言葉にできぬほど。
だからこそ続けることが大切なのですね。
プー カングァン

11月13日 灯り

何かを信じて生きる人生は幸せだと思う。
それはまるで暗い人生に灯りを持って歩いているようだから。
プー カングァン

11月12日 一寸先は闇

一寸先は闇ならば、その時その日を楽しく生きていきたい。
プー カングァン

11月11日 おお人は

おお人はどこにゆくのか
おお人はなぜに生まれた
おお人はなぜに死ぬのか
プー カングァン

11月10日 我が道

この道以外に我が道なし。
ただただこの道をまっすぐに行く。
プー カングァン

11月9日 どんぴしゃ

常にどんぴしゃな考えと動きがしたい。
しかしこれが本当に容易ではない。
これが本当に難しい。
プー カングァン

11月8日 人間は大変

理屈と感情は別物。
別々だからこそ、人間はおもろい。
だからこそ人間は大変!
プー カングァン

11月7日 わかっちゃいるけどやめられない

俺はバカだなと思う時がいつもある。
でも、わかっちゃいるけどやめられない。
プー カングァン

11月6日 思い出す

明日という字は明るい日と書くのね、という歌を思い出す。
中学生の頃だったかな。
プー カングァン

11月5日 つまらない

手に入るものは色褪せ、手から離れるものは色鮮やかに見える。
そんなことって本当につまらない。
プー カングァン

11月4日 もつれた糸

もつれにもつれた糸をほどくのは不可能。
ならばいっそ切ってしまおう。
プー カングァン

11月2日 悪循環

タバコの吸い過ぎで胸が苦しい。
しかし心が痛いのでタバコを吸う。
まさに悪循環。
プー カングァン

11月1日 めちゃくちゃブルース

めちゃくちゃだぜ
めちゃくちゃだな
めちゃくちゃ世の中
俺とお前もめちゃくちゃブルース
プー カングァン

10月31日 天国と地獄

天国と地獄は紙一重。
どうせままならぬ浮世なら、せめて今宵はBUNGAで飲み明かそう。
プー カングァン

10月30日 不安

不安に心が動かされている時はまだいい。
なぜなら不幸の真っ只中では不安の入る余地は無いから。
プー カングァン

10月29日 深層心理

人はみな深層心理を常に理解し、意識できたならば、もっと人は幸せだったろうに…。
プー カングァン

10月28日 アルカディア

夢見る平和よ 愛する仲間よ
アルカディアはどこに
プー カングァン

10月27日 人の運命(さだめ)

喜びの隣に悲しみがある。
それは人の運命(さだめ)なのだ。
プー カングァン

10月26日 明けぬ闇

明けぬ闇は無いと信じ生きてきたが、もしかしたら明けぬ闇があるのかも…?
いや、断じてそんなことはないはず。
プー カングァン

10月25日 酒タバコ三昧

体に悪いとは思っても、酒タバコ三昧。
うーん、本当にやばい。この歳でこれは本当に危ない。やばい。
だけど明日も酒タバコ三昧。ペンペン。
プー カングァン

10月24日 酒

人はどうして酒を飲むのでしょう。
人はどうして酔うのでしょう。
きっと一人の人生をひとときでも忘れたいからなのでしょう。
プー カングァン

10月23日 酒もタバコも

夜中、ずぶ濡れになりながらチャリで家に帰りました。
最近とても飲みすぎていて、明日からは酒もタバコも少し控えようと思ったプーでした。
プー カングァン

10月22日 特効薬

頭ではわかるけど感情がついていかないということが多々あります。
頭と感情がつながる特効薬はないものかな、と思っているのはプーだけでしょうか。
プー カングァン

10月21日 愛する人と

行けども行けども蟻地獄。
行けども行けども四面楚歌。
行けども行けども袋小路。
行けども行けども灼熱地獄。
行けども行けどもetc.
せめて愛する人と…。
プー カングァン

10月20日 だからこそ

人はどうして裏切り続けられても、それでも人恋しいのでしょう。
この不思議な生き物。人…!
だからこそ人は美しいのでしょう。
プー カングァン

10月19日 ふっと

明日に向かって生きてゆけ
涙に唇ふるわせても

若い頃に作ったプーの歌ですが、ふっとこの歌を思い出しました。
プー カングァン

10月18日 古く昔のまま

今日も一日が終わろうとしています。
そして新しい朝がまた来ます。
にもかかわらず、僕はいつも古く昔のまま…。
プー カングァン

10月17日 眠い

眠くて眠くて仕方ない。
小さな眠りを幾度も幾度も繰り返しながら、雑務をこなすプーでした。
ああ本当に眠い。
プー カングァン

10月16日 マニャガハ

マニャガハに行かなくなって、はや長い年月。
仕事が落ち着いたらまた絶対マニャガハに行ってやる。
プー カングァン

10月15日 秋

またまた夜のとばりが降りるのが早くなりました。
さすがに秋はさみしくせつなくなります。
こういう季節は走馬灯のように思い出が甦ります。
みなさんいかがお過ごしでしょうか?
プー カングァン

10月14日 酔う

今宵も酒に酔い、夢に酔い、人生に酔う。
どうせ短い人生ならば、結果を問わず酔いに任せて生きてい酔う。
プー カングァン

10月13日 いざ行かん

空しい日が続くのは、きっとそれは生命そのものが空しいからなのでしょう。
まばたき一つのはかない生命。空しさの中で今日もいざ行かん。
プー カングァン

10月12日 セピア色

セピア色の思い出をバッグに詰めて、あなたの住んだ街へ訪ねて来ました。
この街であなたは生きていたのですね。
プー カングァン

10月11日 前を向いて

夢を追いかけるには力が必要という言葉が、52歳のプーに厳しく乗りかかる。
ただただ今は前を向いて歩いて行こう。
プー カングァン

10月10日 道

人に言えない悲しみを両手一杯に抱えながら、
ただこの道をひたすらに歩いてゆくのか…。
プー カングァン

10月9日 一人では

一人では何もできない。
一人では生きてゆけない。
だからこそ、人は人を求める。
だからこそ、そこに悲劇があり、
だからこそ、そこに愛が生まれる。
プー カングァン

10月8日 必然

偶然はなく、全て必然だと言う人もいます。
確かにそう考えることができるならば、世の中のしくみが見えてくるような気がするのですが、
プーはまだまだ必然だというふうに捉えることができません。
いつかその日が来るのかしら。必然的に!
プー カングァン

10月7日 いつまでも

あの青い空も君と二人見ていたい
この寒い冬も君と二人歩きたい
人の心はうつろぎやすいけれど
いつまでもいつまでも変わらぬ君でいてほしい
いつまでもいつまでも変わらぬ僕でいたい
プー カングァン

10月5日 絶対

信じられない出来事が起こるこの世の中。
私たちの心休まる日はいつ訪れるのでしょう。
このままで世を去るのは絶対に嫌だと思うプーでした。
プー カングァン

10月4日 迷走

迷走の先にあるもの…?
まだ光は見えず、まだ道も無し。
プー カングァン

10月3日 クルクル

目の前のあまりの変化に目が回ります。
クルクルクルクル、よくもこれだけ変化するものです。
きっとお腹が空いているのでしょう。
プー カングァン

10月2日 まだこれから

果てしない夢を追いかけてきた。
でも、今気づくと夢からは遠い遠いところにいる。
だけどまだまだ、そう、これから、これから。
プー カングァン

10月1日 思い違い

思い違いする方はいい。
される方は本当に辛い。
大きな戦争も最初は小さなことから始まるのでしょう。
プー カングァン

9月30日 分け隔てなく

様々な人たちがいる。
様々なそんな人たちを分け隔てなく心の底から愛せたら、どんなに幸せだろう。
プー カングァン

9月29日 馬肥ゆる秋

天高く馬肥ゆる秋。
不安定な気候でもしっかりプーはこの秋に太りつつあります。
何㎏太ったかって?それは内緒です。
プー カングァン

9月28日 眠い

この頃何だかとても眠い。
まどろみの中で生きているような。
何かのきっかけで覚醒するような。
とにかく何だかとても眠い。
プー カングァン

9月27日 コーヒー

ホッと一息をつき、コーヒーを飲む。
このひとときが、今のプーのひとり心休まる時。
みなさんにとって心休まる時はどういう時ですか。
プー カングァン

9月26日 時間

確実に間違いなく時間は時計の音と共に過ぎてゆく。
しかし俺の意識は、過去に未来にと瞬時に飛んでゆく。
プー カングァン

9月24日 内緒

最近、年をとるのも悪くないと思う出来事が一つ二つと増えてきた。
どんなことかって…?内緒内緒。
プー カングァン

9月22日 明けぬ夜もある

思いもよらぬ不幸なことが舞い下りる時もありますが、
思いもよらぬ幸せなことが舞い下りる時もあります。
明けぬ夜もあると思いますが、ただただ命ある限り生き抜いてほしいと願うプーです。
プー カングァン

9月21日 難問

山のようにある難問も、一つのひらめきで消えてしまうこともある。
だからこそ人生は面白い。
プー カングァン

9月20日 心

明日をも知れぬ私たちの人生。
せめて今宵は心を重ねましょう。
プー カングァン

9月19日 旅立とう

まだ明けぬ空の下、ギターと小さなバッグと夢を抱え、いざ旅立とう。
プー カングァン

9月18日 三本柱

人は無くして初めてそのありがたさを感じる。
そのことは人の不幸の三本柱の一つなのかと思うプーでした。
プー カングァン

9月17日 52才からの出発

万里の長城も一歩から。
今日からまた一歩ずつ歩いていきます。
プー52才からの出発。
プー カングァン

9月16日 ピース

夢みる平和よ 愛する仲間よ
つながる生命よ 輝く星くず
くりかえしの戦争 傷つく人々
殺しあうことは もう今すぐ止めよう
     プーカングァン 『ピース』より
プー カングァン

9月15日 おもろい

こちらが笑えば相手も笑う。
こちらが泣けば相手も泣く。
こちらが怒れば相手も怒る。
人の付き合いはまことにおもろい。
プー カングァン

9月14日 独り言

独り言、二人言、三人言、四人言…。
やはりみんなと語りたい…。
プー カングァン

9月13日 完璧主義

完璧主義というのはある意味病気。
俺はつまらない人間なのに完璧主義的な傾向があり、自分自身に辟易する。
だけどプーの願いは、それでもみんなと仲良く生きていきたい。
プー カングァン

9月12日 忍耐

忍耐。何て厳しい言葉だろう。
しかし今のプーにとって、この言葉なしには明日がないのだ!
プー カングァン

9月10日 手を結ぶ時

今こそ平和が大切な時代はない。
あらゆる意味において平和が無ければ人類は滅びの時を避けられない。
私たちに何ができるのか、今こそ試されている。
今こそ一人一人が目覚める時。
今こそ仲良くする時。手を結ぶ時。
プー カングァン

9月9日 年をとれば

年をとれば人生のこと、世の中のこと、自分のことなどなど、
大切なことが徐々にわかってくると思ってたら、
何とプーは年をとればとるほど逆にわからなくなってきた。
これって大変なことだよなーと独りマジに落ち込むプーでした。
プー カングァン

9月8日 今なお

夢を追いかけて早30年。
今なお見果てぬ夢を追い続ける。
あと幾年か、あと幾月か、あと幾日か。
プー カングァン

9月7日 人生

待てば来ず、待たねば来る。
人生なかなかうまく行かぬもの。
摩訶不思議なもの。
プー カングァン

9月6日 ささやき

夏は終わったよとささやく声が聞こえた。
あたりを見回したが誰もいない。
きっと少し気の早い秋がプーに言ったのだろう。
プー カングァン

9月5日 虫

秋の虫の鳴き声はなぜこんなにもさみしく聴こえるのでしょう。
でもそんな季節もプーはとても好きなのです。
プーの部屋にセミがいると喜んで急接近すると、近視のプーは大いに驚く。
セミと間違えた虫は、大きなゴキブリでした。
プー カングァン

9月4日 いざゆかん

輝く星空に自らの夢を重ね、悠久の時の流れに熱き思いをいだく。
いざゆかん、君も我も。
プー カングァン

9月3日 命の輪

あらゆる命の輪の中で今、生きている私たち。
小さな事柄もそれはつながり続ける運命の中での出来事。
きっとため息ひとつも宇宙のリズムと連動しているのでしょう。
プー カングァン

9月2日 一瞬

みんながもし人生は一瞬だと真に思うことができたのなら、きっとやさしい心で生きてゆけるかなとふっと思ったプーでした。
プー カングァン

9月1日 永遠の愛

永遠の愛をこの手につかむ行為は、荒れた海を小さな船で一人航海するような、そんな感じ…。
プー カングァン

8月31日 散る花びら

散る花びらに何を想う。
散る花びらにせめて永遠を想う。
プー カングァン

8月30日 ゆらゆら

人の心はなぜこうも揺らぐのでしょう。
それはまるで浮き草のように。根無し草のように。
なぜこうもゆらゆらゆらゆらと…。
プー カングァン

8月29日 お星様

人は死んだらお星様になると小さい頃よく聞かされたものだが、
その話をしてくれた人を今プーは星を見ながら思い出しています。
プー カングァン

8月28日 実感

戦争の恐ろしさを一人一人が常に実感しなければ。
またその日が来ることを実感するプーでした。
プー カングァン

8月27日 二度あれば

果てしない道と思いきや、それはとても短い瞬間(とき)。
実感はいつも終わりにある。
人生が二度あればと思わずにはいられないプーでした。
プー カングァン

8月26日 罠

手前勝手な解釈の下、結局は自分で自分の首をしめている。
多かれ少なかれみなこの罠にはまってしまう…。
プー カングァン

8月25日 さよならしたい

小さな物音に恐れおののき
ひたすら指を口にくわえながら幸せを待ち続けてゆくだけ
そんな人生とはもうさよならしたい。
プー カングァン

8月24日 青年

青年老い易く学成り難し
昨日まで青年だったプーもこの言葉がしみるようになりました。
プー カングァン

8月23日 夢いつも遠くより

人は皆つかの間のやすらぎを求めて
頑なに閉ざされた我が道をゆく
プー カングァン

8月22日 たやすい

深き夜に一人ポツンといるような
負けてしまうことは苦しくもたやすい
プー カングァン

8月21日 記憶の中

死して人はどこへゆくの。
あの世とやらにゆくのかしら。
いえいえ死した人は愛する人の記憶の中に眠る。
プー カングァン

8月20日 所詮は

格好をつけても所詮は…。
素直に生きてゆきたいけれど…。
プー カングァン

8月18日 墓参り

墓参りはこの世を去った愛する人たちとの再会のひととき。
墓石を抱きしめるとまるで父を抱きしめているかのように感じたプーでした。
プー カングァン

8月17日 空

子どもの頃果てしない空の彼方を見て心躍ったものだが、今も不思議と同じ気持ちで空の彼方を見つめている。
僕の心の中はきっと何も変わっていないのだ。
プー カングァン

8月16日 自然に感謝

季節が崩れかけてきましたが、今年もセミたちが立派に鳴いてくれました。
そんなことを思っていると、子どもたちが元気に僕の傍らを走り去って行きます。
まるで太陽の子どものように。
そんな光景に、こんな僕にも笑みが少しこぼれました。
自然に感謝。
プー カングァン

8月15日 たとえ一歩でも

明日を知らぬまま人は生きる。
思えば思うほど不安のふちに追い込まれ、ただただ悶え苦しむ。
しかし明けぬ夜はない。
たとえ一歩でも…。
プー カングァン

8月13日 ことわざ

賢い人間は歴史から学び、愚かな人間は経験から学ぶということわざがありますが、まさに頷けると思ったプーでした。
プー カングァン

8月12日 花

花は咲くために散るのか、散るために咲くのか。
どちらにしても見事に咲いて散ってゆきたい。
プー カングァン

8月11日 人の心

人の心が見えるようになりたい。
だって人の心が見えるようになれば、人を傷つけることが少なくなると思うから。
プー カングァン

8月10日 努力

努力を一度はしてみたい。
なぜなら、人のために一度は生きてみたいから。
プー カングァン

8月9日 大雨の中

夜中、大雨の中、突き刺すような雨に痛みを感じながらプーはランニング。
ああ疲れた。でもガンバ。
プー カングァン

8月8日 袋小路

袋小路の出口は案外足元にあるのかも?
プー カングァン

8月7日 みんな

みんな本当は一人で生きていくことはさみしい。
だけどそれ以上にやっぱり傷つくことがつらいのです。
プー カングァン

8月6日 さわやかな風

ひとつのさわやかな風に懐かしい記憶が甦る。
まるで風そのものにプーの記憶があるかのように。
プー カングァン

8月5日 にこ!

素敵な出会いがあるとどうしてこう幸せな気分になるのでしょう?
やはり人は人が必要なのでしょう。にこ。
プー カングァン

8月4日 歌

脱サラして歌を歌いだして早30年近くの月日が流れました。
歌と共に生きてきたプーだけど、最近ようやく少し歌が歌えてきた気がします。
この調子でプーは歌に没頭しながら生きていきたいと思います。
プー カングァン

8月3日 みんな

みんな誤解と勘違いで生きている。
でもそれで平和ならばいいのだけど、それで戦争は困る。
プー カングァン

8月2日 朝風呂

Live Bar BUNGAを出してから、朝の光の中で風呂に入る習慣が見につきました。
体には悪いのでしょうが、朝日の差す入浴は体も心もボーっとしていて、案外幻想的で気持ちいいものですよ。
プー カングァン

8月1日 ふるさと

悲しみの向こうに喜びのふるさとがあるのかしら?
プー カングァン

7月31日 漢字って すごい

支えあうと書いて人になり、人の間と書いて人間となる。
漢字ってすごい!
プー カングァン

7月30日 自然に

やり過ぎると続かない。
やらな過ぎても続かない。
要はバランス。
この極意が自然にできるようになれば…。
プー カングァン

7月29日 思いがけないこと

思いがけないことばかり起こる人生。
そもそもこの世に生をうけたそのことこそが、思いがけないことなのかもしれません。
プー カングァン

7月28日 強く思った

これからの人生、一日一日を大切に生きていきたいと強く思ったプーでした。
プー カングァン

7月27日 セミの鳴き声

小金井公園を通ると、今年初めてのセミの鳴き声。
季節があることはとても嬉しいことですね。
プー カングァン

7月26日 本音トーク

本音トークはとても難しい。
なぜならこの社会が本音と建前を使い分けているから。
プー カングァン

7月25日 全ての人々に

出会う全ての人々に心から愛することができたならば、なんて素敵なんだろうと思うのだが、だけど現実は全く難しい。
プー カングァン

7月24日 成功

人生のわかれ道って本当はほんの少しの出来事の差によって起こっているのでしょう。
だから成功した人は謙虚に生きてほしいと願うプーでした。
プー カングァン

7月23日 逆

変わっていいものと変わっては困るものがあるけど人はどうしても逆にいってしまうくせがあるのでしょう。
プー カングァン

7月22日 夢のような人生

夢のような人生。どうせ夢ならば、夢を見続けながらこの世を通り過ぎてゆきたい。
プー カングァン

7月21日 歩いていく

この道をどこまでもどこまでも歩いていく。
いったいどこに辿り着くのやら…?
プー カングァン

7月20日 愛の姿

愛の姿が見えれば、人の苦悩はこれほどは強くないのに。
プー カングァン

7月19日 みんな

悲しさを数えるときりがなく、幸せを数えるとすぐに数えきれてしまう。
それでも、それでも、みんな何とか生き抜いてほしい。
プー カングァン

7月18日 新曲ピース

夢見る平和よ
愛する仲間よ
つながる命よ
輝く星屑
繰り返しの戦争
傷つく人々
殺しあうことはもう今すぐやめよう。
新曲を作りました。 プーはこれからも歌い続けます。
プー カングァン

7月17日 プーも

陰極まれば陽になる。
いつかプーも人のために生きられるようになるのか?
プー カングァン

7月16日 人類は?

百年後の世界ってどんなんだろう。
プーの人生のたかだか2倍の百年。
けっこうあっという間に来るのかも。
その時人類は?
プー カングァン

7月15日 実は

実は複雑ではなくてとても簡単で単純な事。
実はプーは答えを知りたくなくてわざと解らなくしているのでは?
プー カングァン

7月14日 52年も

見えないものが多すぎる。
あまりにも多すぎる。
52年も生きてきたのに。
プー カングァン

7月13日 温暖化現象

これ以上暑くなると人間生活ができないのではないかと思うくらいのうだるような暑さ。
でもまだまだ温暖化現象が進むという。
本当にのんびりできない状態に陥ってしまった。
プー カングァン

7月12日 僕の心は

僕の心はどこにある。
あんまりコロコロコロコロ変わるので…。
本当に心ってどこにあるのだろう?
プー カングァン

7月11日 なぜ

人はなぜこうも簡単に罪を作れるのでしょう?。
逆に人はなぜこうもいいことをするのは難しいのでしょう。
なぜ?
プー カングァン

7月10日 何とかせえ

夏の大好きなプーは絶好調。
しかし、地球温暖化による災害は本当に困る。
プーを含めた人類よ、何とかせえ!
プー カングァン

7月8日 生きてゆく

思いもかけぬことが起こり得るのが人生。
それならばいっそ流れに身を任せ、今日を笑顔で生きてゆく。
プー カングァン

7月7日 常に

人生を振り返ると、終わりだと思っても必ず次があった。
常にあきらめるのは早いのだ。
プー カングァン

7月6日 夢いっぱい

夢いっぱいの幸せをたった一度でもいいから味わってみたい。
プー カングァン

7月5日 遠い夢

遠い夢も今の一歩がつながると信じ、ゴミ出しに精を出すプーでした。
プー カングァン

7月3日 がんばります

店も早7ヶ月。疲れが相当たまってきましたが、音楽に囲まれる人生はとても幸せ。
これからもプーはがんばります。
プー カングァン

7月2日 笑み

優しさに溢れると人は思わず笑みがこぼれます。
まるで生まれてきた喜びを直感するかのように。
プー カングァン

6月30日 夢

夢をたらふく食べて、夢をたらふく飲んで、この人生を歩きたい。
夢にくるまれながら。
プー カングァン

6月29日 いとおしく

プーもこの年になると、あと何回この季節を過ごせるのだろうと、暑ささえもいとおしくなってきます。
プー カングァン

6月28日 いつからだろう

気づくと早6月も終わり。
本格的な暑い夏がもう目の前に。
いつからだろう。時の過ぎるのが早い早いと言い出したのは…。
プー カングァン

6月27日 赤ちゃん

赤ちゃんの笑顔って本当に素敵ですね。
みんなあの頃を経て今があるのに…。
プー カングァン

6月26日 いつまでも

いつまでもいつまでもあきらなめい。
この道をどこまでも歩き続けよう。
プー カングァン

6月25日 変わるのだ

今変わらなければいつ変わる?
歯を食いしばってでも今変わるのだ。
どんな激震が走っても、とにかく今変わるのだ。
プー カングァン

6月24日 なぜ

道端にひっそりと咲く花にふと足が止まり
君はなぜ咲いているの
誰のため、何のため
僕はなぜ生きているの
誰のため、何のため
プー カングァン

6月23日 あじさいの花

悲しみ色のため息を一つ二つつきながら、震える笑顔であなたは今日も生きているのですね。
あじさいの花が今年もまた雨の中咲きました。
プー カングァン

6月22日 人はなぜ

人はなぜ通り過ぎてからでないと気づかないのでしょう。
通り過ぎる前に気づきたいのに。
プー カングァン

6月21日 大切に

昨日の夜はビートルズデーで、気を良くしたプーは大いに飲みすぎてしまい、さすがに今日はBUNGAでお酒を一滴も飲みませんでした。
みなさん、お酒の休みの日は大事です。どんなことにもやはり休みが必要ですね。
お互い体を大切に生きていきましょう。
プー カングァン

6月19日 ベース

こうするとああなり、ああするとこうなる。
物事の動きのベースをぜひ知りたいものだ。
プー カングァン

6月16日 為す術

裕福な国があれば、貧困な国もある。
この現実の前に僕たちは為す術もないのか。
プー カングァン

6月15日 面倒

ちっちゃなことに心奪われることに面倒になってきた。
本当に面倒になってきた。
めちゃめちゃ面倒になってきた。
プー カングァン

6月14日 ややこしいこと

欲しいと思うと手に入らず、あきらめた時に手に入る。
そんなことってみなさんありませんか。
プーの人生は結構そういうややこしいことが多いのです。
プー カングァン

6月13日 あじさいの花

あじさいの花が咲く遊歩道。
一年の早さをひしひしと感じながらランニングするプーでした。
プー カングァン

6月12日 二者択一

己の力ではどうしようもできないことばかり。
あきらめるか、たったの一歩でもいいから近づくか。
この二者択一は人生にとって大きな岐路になる。
プーはどうするか、あなたたちはどうするか…。
プー カングァン

6月10日 体当たり

人生、山あり谷あり大海あり。
少々の苦しみは笑いながら体当たりしたいものです。
プー カングァン

6月9日 その差が

もう無いと思うか、まだ有ると思うか、その差がとても大きい。
本当にとてつもなく大きい。
プー カングァン

6月8日 弱気

平和の時代は不可能なのか?
この頃プーはとても弱気になりました。
プー カングァン

6月7日 確かなこと

確かなことを追い求めて今日まで来たけど、確かなことはいまだに何一つ無い。
これからもこのまま月日が流れていくだけなのか。
プー カングァン

6月6日 表現

人の道の何と不思議なことか。
言葉にさえできない人生をどうとらえようか?
この世を去る前に、何としても、どのような形でもいい。表現してみたい。
プー カングァン

6月5日 自ら

信じられない出来事に今日もただただ、たじろぎ耐えるだけ。
でもいつかきっと自ら人生を変えるのだ!
プー カングァン

6月4日 負の心

負の心を負のままにおくのではなく、
正に転化させることができるならば、人は幸せになれるのでしょう。
みなさんはどう思いますか。
プー カングァン

6月3日 合掌

裏切る人間はもしかしたら裏切っているつもりはないのだろうとこの頃つくづく思うようになってきた。
人は立場立場で自分のしていることが見えなくなるのだ!合掌。
プー カングァン

6月2日 あきらめない

どこまでもどこまでもあきらめない。
いつまでもいつまでもあきらめない。
僕はそんな人になりたくてここまで来ました。
そしてこれからも。
プー カングァン

6月1日 いつも

いつも笑顔でいたい。
いつも優しい人でありたい。
いつも困った人を助ける人間でありたい。
いつもいつもそう思うのだが、いつもいつもこの逆で生きてしまう。
でも、いつもいつも望みは捨てたくない。いつもいつも。
プー カングァン

5月31日 今日のために

明日消えるかもしれないこの生命。
明日のためではなく、今日のために生きてゆきたい。
プー カングァン

5月30日 時

時よどこへ行く立ち止まらずに
別れを繰り返し人は耐える
今この時も人は別れゆく
プー カングァン

5月29日 あまりにもすぎる

理に叶ったいい話をしたいと思うと、いつも逆に行く。
プーに力ないことはわかるが、しかし、あまりにもすぎる。
プー カングァン

5月28日 人生

終わりのある人生。永遠を恋いしたいプーは、常に人生を拒否し続けるのだろうか。
プー カングァン

5月27日 短い

心が強くなれるのなら強くなりたい。
魂が美しくなれるのなら美しくなりたい。
悟れるものなら悟りたい。
そのためには人生は何と短いことか…。
プー カングァン

5月26日 喝

浮き沈みのある自分の心に、沈むなと喝を入れ、今日も生きる。
プー カングァン

5月25日 生きねば

毎日の繰り返しの生活の中に、ほんの少しの進歩を願う。
そう、明日もまた生きねば。
プー カングァン

5月24日 生命と平和

生命とは平和と書きたい。
平和とは生命と書きたい。
このことを心に入れて、これからも歌ってゆきたい。
プー カングァン

5月23日 美醜

うーん、美醜ってどこから来るのでしょう。
やはり生存競争から来るのだとは思いますが、もちろんそれだけでは説明できないものもあるので、プーにとっては大きな謎です。
プー カングァン

5月22日 重ねる

人と心を重ね合わせたい。
でも重ね合わそうとすると意識があるだけで、もう無理なのかも…。
プー カングァン

5月20日 自然の神秘

練習を終えて家路につく時、台風と間違えるほどの強い風。
大いに恐怖し驚いたが、夜が明けた空は強い風のせいでとても美しく、自然の神秘を感じさせ、恐ろしかった感情は一瞬に消え去りました。
プー カングァン

5月19日 中年

過ぎればあっという間の人生。
まばたき一つで中年になったプーですが、でも思い出は心のひだに全て残っていることでしょう。
プー カングァン

5月18日 開き直る

人生って一寸先は闇と昔の人は言ったけど、本当にこの頃そう思う。
心配の予測だって結構外れるし、何が起こるかわからない人生なんだから、自分の信じた道を歩いていこうと、51歳になってようやく開き直るプーでした。
プー カングァン

5月17日 森羅万象に乾杯

月に満ち欠けがあるように、海に満干があるように、太陽に日の出日の入りがあるように、人の心と体、人生にも、小さな波、大きな波が絶え間なく繰り返し起こります。
そのことだけでも命の神秘、人生の神秘、自然の神秘、宇宙の神秘を感じさせずにはいられません。
森羅万象に乾杯。
プー カングァン

5月16日 中央線

今中央線の車内。
昨夜は最終電車にもかかわらず、国分寺まで行ってしまいやむなくタクシーで戻るが、今日は絶対自分の駅で降りるぞと力の入るプーでした。
最近プーはとても抜けていて、しっかりしなければと思う今日この頃です。
プー カングァン

5月15日 信じて

明けぬ夜はない。
信じて今日もチャリをこぐ。
プー カングァン

5月14日 隙間から

さみしい気持ちはどこから来るの。
遠い遠い空の果てから来るの。
いえいえそれはあなたの遠い遠い記憶の隙間から。
プー カングァン

5月11日 雨だれ

この頃下界は雨模様。
しとしと落ちる雨だれの音。
明日は晴れるかな。僕の心は晴れるかな。
プー カングァン

5月10日 不思議

この頃不思議なことを探しているプーがいます。
不思議なことって何だろう。
もしかして一番不思議なことは、プーがこの世の中に生きていることなのかも…。
不思議なことって案外たくさんあるのかも。
これからもっともっと不思議なことを探しつづけたいと思っているプーです。
プー カングァン

5月9日 生きよと

一言 二言 三言 夜言 言うよ。
生きよと。
プー カングァン

5月8日 乞うご期待

最近プーは音楽を猛練習しています。
そろそろその結果が出てくる頃だと思います。
みなさん、プーのライブを乞うご期待。
プー カングァン

5月7日 無題

苦しさの多くはみんな自分から湧き出てくる。
それはまるでウミのように。
プー カングァン

5月6日 ややこしい

あちらが立てばこちらが立たず。
ほんに人生はややこしい。
プー カングァン

5月5日 いつまでも

人の心はうつろぎやすいけれど、いつまでもいつまでも変わらぬ僕でいたい。
プー カングァン

5月2日 ジャズ

この頃、ジャズを歌いませんかという声がしきりに多くなってきました。
オリジナルしか歌ってこなかったプーですが、そろそろジャズを歌い出そうかなという気もしてくるこの頃です。
プー カングァン

5月1日 かられる

若い頃、年をとるってどういうことだろうという歌をつくって歌っていたが、
今まさに年をとったプーはあの頃のプーに会って、
こういうことだよと言いたい衝動にかられる。
プー カングァン

4月29日 出会い

JINライブで素敵な出会いがありました。
人生はやはり出会いだなと再認識したプーでした。
プー カングァン

4月28日 真にこの世の中は

昼があり夜がある。
太陽があり月がある。
光があり闇がある。
男がいて女がいる。
真実があり偽りがある。
真にこの世の中は絶妙にできていると感じるプーでした。
プー カングァン

4月27日 桜の木

花が散った桜の木は妙な美しさがある。
そう、まさに言葉では言い尽くせぬ何かが。
プー カングァン

4月26日 プーは

プーは無いものばかりを強く思う癖があり、今あるものに対してはあまり気にもとめません。
あるものを強く思うことによって生きていけることができたらと思うプーでした。
プー カングァン

4月25日 立場

人はどうしてもその立場にならなければわからない。
その立場にならなくてもわかることはできないのだろうか。
プー カングァン

4月24日 まっぴらだと思いながら

人は過ちを繰り返しこの世を去っていく。
そんな人生はまっぴらだと思いながら。
プー カングァン

4月23日 結論

一つを見て結論を出すのは簡単だが、全体を見て結論を出すのはとても難しい。
早く一つを見て全体が見えるようになりたい。
プー カングァン

4月22日 本当

本当のところは 本当の事って 本当の気持ちは 本当は…?。
きっとみんな答えられないのかもしれないね。
プー カングァン

4月20日 乾杯

1プラス1イコール2にならないのが人生。
ならば1マイナス1が0にならないのも人生。
この不可思議な人生に乾杯。
プー カングァン

4月19日 正常

世の中に正常な人はいるの?
僕はいつも木が人の顔に見えます。
プー カングァン

4月18日 人なのに

会話ってなんて難しいのだろう。
伝え合うって本当に難しい。
コミュニケーションあっての人なのに!
プー カングァン

4月16日 至難の業

人生は本当になかなかうまく行かない。
こちらがよければあちらがよくないというふうに。
うまく行くのは至難の業。みんなどのように生きているのだろう?
プー カングァン

4月15日 深酒

昨夜は飲み過ぎてしまいかなりへべれけになってしまったプー。
たまには深酒もいいものでした。
プー カングァン

4月13日 コート

お世話になったコートを脱ぎ捨てて、春の日差しの中を、心ときめかせ歩いていこう。
プー カングァン

4月12日 生命

生きれば生きるほど人生が見えてくると思ったら、生きれば生きるほど人生がわからなくなってきた。
このままで生命を卒業するのだけは真っ平だと思いながらも、ズルズルと年を重ねているプーでした。
プー カングァン

4月11日 桜

今年の桜はなかなか散りません。
そんな姿にいたいけな感じがして、心から感謝するプーでした。
プー カングァン

4月10日 禍福

禍福は糾える縄の如し。
プー カングァン51歳。
今はまだ人生を語れない。
プー カングァン

4月9日 桜の花

桜の花の散る時が来ました。
始まりがあれば終わりがあり、このことを心でしっかりと受け止めて生きていきたいと思うプーでした。
プー カングァン

4月8日 いいなあ

恋っていいなあ、愛っていいなあ、 人間っていいなあって心から思える日は来るのかしら。
プー カングァン

4月7日 生き方

この数日、昔とても大切にしていたことを思い出した。
生き方に関わる大切なことを…。
プー カングァン

4月6日 前を向く

前を向くということがどれほど大切なのかを今思い知らされているプーでした。
プー カングァン

4月5日 考え方次第

要は考え方次第。
そう、ほとんど考え方次第。
プー カングァン

4月4日 いずこに

ようやく新しい自転車を買う。
初乗りしたが、やはり以前の自転車が乗りやすい。
プーのマイチャリはいずこに。
プー カングァン

4月3日 無題

繰り返す私は終わりの無い命を思い、媚びた笑いを今日も一日ふりまく。
つまらない不幸に一喜一憂し、老いた体をよっこらしょっと動かしていく。
ああ、だんだん体が重くなってくる。
プー カングァン

4月2日 苦い盃をも

思いもよらぬことが起こり得るのが人生。
定めに翻弄されるのならば、苦い盃をも豪快に一気に飲み干してしまいたい。
プー カングァン

4月1日 深い心配

深い心配が晴れた時、まさにそれは青空。
そんな気持ちでみんなが生きていけたら人々は幸せなんだろうなあと、ふと思うプーでした。
プー カングァン

3月31日 気弱

気弱になるのはなぜだろう。
今あるのに何もないと心のどこかが叫んでしまうからかしら。
プー カングァン

3月30日 僕のせい

寒いのは風のせい。
凍えるのは冷たい夜の帳のせい。
いや、全ては人を信じられない僕のせい。
プー カングァン

3月29日 覆水盆に返らず

覆水盆に返らず。
時間が戻らない限り無理なのか。
今はただ思い出に涙するだけなのか。
プー カングァン

3月28日 逃げる術

一難去ってまた一難。
人生は難儀なことだらけ。
難儀なことから逃げる術はないものか。
プー カングァン

3月25日 春なのに

春なのにお別れ。
暖かい日差しなのに卒業。
春なのに、春なのに、みんなとバイバイ。
春なのに、春なのに。
プー カングァン

3月24日 卒業

春は別れの季節。
卒業の季節ですが、新しい人生に幸多かれと願わずにはいられないプーでした。
プー カングァン

3月23日 偶然

この頃偶然がとても多い。
もしかしたら誰かが仕組んでいるのかしら?
プー カングァン

3月22日 難しい

信じるって何て難しいんだろう。
自分が信じられないのに、人を信じれるわけがない。
プー カングァン

3月21日 春が来た

今年も去年と同じように春が来た。
こんなにまで約束を守ってくれる春に感謝。
プー カングァン

3月20日 ジン

人はみな成長したいと願うけど、これがとても難しい。
あっという間に成長できる酒でもあればいいのになと思いながら、今日もジンをあおるプーでした。
プー カングァン

3月19日 ようやく

意味の無いと言われることに何と意味が多いことか。
ようやくそのことに少し気づき始めたプーでした。
プー カングァン

3月18日 知らんぷり

なんでこんな変な世の中になってしまったのだろう。
平和から少しずつ着実に遠のいているというのに。
多くの人たちは知らんぷり。
プー カングァン

3月17日 里帰り

里帰りって不思議だ。
色や匂いが甦ってきて、年をとったことをすっかり忘れてしまう時がある。
プー カングァン

3月16日 繰り返し

会うは別れの初めなり。
別れは会うの初めなり。
本当に人は会うと別れの繰り返しなのですね。
プー カングァン

3月15日 ますます不思議だ。

怒りや悲しみは自分からではなく、どこか遠くの世界から来るような気がする。
生きれば生きるほどますます不思議だ。
プー カングァン

3月14日 そう思うようになったプーでした。

辛さや悲しさがいつかきっと、その人を優しい人に変えて行くという言葉があるけど、この頃つくづくそう思うようになったプーでした。
プー カングァン

3月13日 人生

自分の想像した人生とは全く違う人生。
でもそれもまた人生。
プー カングァン

3月9日 わからない

明日なんてわからない。
いや、ちょっと先だってわからない。
今だってわからない。
そう、どうなるかなんて誰にもわからない。
どうなっているかだってさえわからない。
わからない、わからない。わからないってことさえわからない。
頭を抱えてもわからない。
自分さえもわからない。
笑えなくなったのはいつからだろう。
プー カングァン

3月8日 あなたは誰

心から愛する人が一人いれば、人は生きていける。
逆に、愛する人が一人もいなければ、人は生きていけない。
愛する人よ、あなたは誰?
プー カングァン

3月7日 涙の池

優しさって一体なんだろう。
優しさってきっと涙の池でできているのだろう。
プー カングァン

3月5日 桜

今年も桜を見ることができると思うと、心から内側から幸せを感じます。
プー カングァン

3月4日 音楽のいいところの一つ

音楽のいいところの一つは、その時代の音楽を聴くと、その時代にタイムスリップして、その時代の自分に戻ること。
この一つをとっても音楽って本当に素晴らしいなあと思うプーでした。
プー カングァン

3月3日 それが問題だ

わけのわからないことばかり。
わかったつもりでもわかったつもりだけ。
わかった気になってるだけ。
じゃあどうすればわかるのか?
うーん、それが問題だ!
プー カングァン

3月2日 自分の悪いところ

自分の悪い所に気づくって本当に至難の業。
でも気づき反省すると魂が喜ぶ気がする。
プー カングァン

3月1日 出会いと別れを繰り返し

春は別れのシーズン。
別れって本当にさみしいものですね。
でも、別れがあるからこそ出会いがあるのだと思います。
これからもプーは出会いと別れを繰り返し、生きていきたいと思います。
プー カングァン

2月28日 難しい

人と付き合うのはとても難しい。
なぜって、どうしても自分が一番かわいいから。
例え自分が一番嫌いでも。
プー カングァン

2月27日 ひとりごと

変わりたいけど変われない。
もういいやと思ったら変われるのかな。
プー カングァン

2月26日 不公平

努力はなかなか実を結ばないが、怠けると見事に落ちて行く。
なんか不公平だなと思ってしまうプーでした。
プー カングァン

2月25日 だからこそ

人が仲良くすることはとても難しい。
なぜならば人はどうしても自分を過剰に守ってしまうから。
この壁をどうしても人は越えられないから。
でも、だからこそ、人は人と仲良くしたいのです。
プー カングァン

2月24日 人は人に

人は人に伝えたい。
でも人に伝える術を間違え、人は人に毒を与え、人は人に傷つき、人は人に心を閉ざす。
あー、出口はないものか?
プー カングァン

2月23日 涙雨はつらい

天気にも晴れや曇りや雨があるように、人の心にもいろいろある。
いろいろあるからこそ人の心なのだが、やはり涙雨はつらい。
プー カングァン

2月22日 心の春

日一日と暖かさが感じられる今日この頃。
もうすぐ桜の花も咲く季節。
僕にとっても、みんなにとっても、心の春が訪れますように。
プー カングァン

2月21日 ひとりごと

ああ、いつになったら越えられるのだろう。
越えるものがあまりにも大きすぎる。
プー カングァン

2月20日 信じて歩いていきたい

人の心は移ろいやすく、定かなものでないということはよくわかるのですが、変わらない心もあるのだと信じて歩いていきたい。
プー カングァン

2月18日 平和の世

平和を願う気持ちは誰にもあるのに、人の世はいつも戦争の世。
平和の世、祈るだけでは訪れない。
平和の世、願うだけでは訪れない。
平和の世、平和の世、どうすれば…。
プー カングァン

2月16日 どちらも

さぼれば自ずからさぼりの人生が待っている。
さぼらなければ自ずからさぼらない人生が待っている。
どちらを取るかは己の自由。
ただ言えることは、どちらも大切な人生ということ。
プー カングァン

2月15日 どうしても長電話

携帯の通話料が高いので、できるだけ電話はしないでおこうと思うが、さみしがり屋のプーはどうしても長電話。
いかんいかん。
プー カングァン

2月14日 歌わせていただきます

17日金曜日はプーの入場無料投げ銭コンサート。
うーん、人がたくさん来てくれたらいいな。
でも、少なかったとしても、心をこめて歌わせていただきます。
プー カングァン

2月13日 冬にもかかわらず

冬にもかかわらず太陽の日差しがとても痛い。
オゾンの破壊とか様々な影響が、日一日と出ているが、僕たちはほとんど手をこまねいているだけで、何もできずに日々を送っている。
プー カングァン

2月12日 一つになりたい

言葉では表現できない思い。もしかしたら人の心は全て言葉では表現できないのかも…。
逆に言えば、だからこそ愛する人と一つになりたい。
プー カングァン

2月11日 不安

不安はどこから来るの。
心、頭、精神。
体、魂、DNA。
それとも不安から?
プー カングァン

2月10日 人はみな

人はみな孤独を覚え、孤立感に震えたことが一度や二度はあると思います。
それはとても美しい心の精神活動だとプーは思いたいのです。
プー カングァン

2月8日 うーん、本当に難しい

視点を変えれば見方が変わる。
読んで字の如くだが、これがとても難しい。
無駄な経験はあてにならないし、時には無駄な経験もあてになるし、うーん、本当に難しい。
プー カングァン

2月7日 怪我の功名

最近とても睡眠不足。
いつもとても眠いので、思い悩むことが少しだけ少なくなってきた。
怪我の功名かな?
プー カングァン

2月5日 出会いたい

この際、もう一気にたくさんの人と出会いたい。
出会えない人たちとも出会いたい。
そして、自分の中の出会えない自分とも出会いたい。
この際だから。
プー カングァン

2月3日 わかってはいるのだが…

生き抜くことが大切。
歌い続けることが大切。
忍耐し続けることが大切。
わかってはいるのだが…。
プー カングァン

2月2日 歩むプーでした

歌い続けて何十年もの月日が経ったけど、本当に進歩の少ない自分の歌の人生に辟易しているプーですが、それでもいい歌を歌うべく歩むプーでした。
プー カングァン

2月1日 生きるって難しい

この頃よくコーヒーを飲むが、コーヒーの歴史を考えるととても複雑な気持ちになります。
生きるって難しい。
プー カングァン

1月31日 無題

長く生きたような、いや、昨日生まれたような、いや、今、生まれたような…。
プー カングァン

1月30日 一人言と書いて

一人言と書いて、一を信じると解く。
その心は、常に人生はいつでもスタートである。
プー カングァン

1月29日 夜の太陽、お月様

都会の人には実感が薄いかもしれませんが、夜の月はとても明るく、言葉にすると夜の太陽と言っても過言ではないくらい、その白く輝いた月の美しさは、過去・現在・未来の美女達を簡単に凌駕してしまうほど。
みなさん、忙しさの中でたまには、夜の太陽、お月様に恋してみては如何でしょうか。
プー カングァン

1月28日 キャッチボール

人生は思いも寄らない事の連続。
まるで天国と地獄を行ったり来たりしてるような感覚。
お釈迦様とサタンのキャッチボールのボールのような感覚。
こんな感覚、プーだけなのでしょうか。きっとみんなもあるよね。うん、あるある。
プー カングァン

1月27日 うーん、どうしたものか

プーの心配性には本当に参る。とにもかくにも一番最悪な事態を想定してしまう。 まるで不幸になる準備をしているかのように…。
自分で作った世の中でないのに、未来を恐怖により決定してしまうなんてとんでもないことだとは思ってるのだが、この癖は今なお治らない。
うーん、どうしたものか。
プー カングァン

1月26日 銀行はひどい

預ける時は0%に近く、借りる時はとても高い金利。
おまけに振り込み手数料なども高く、しかもカード作るのも何の前ぶれもなしに有料。
プーは新しい通帳作るのやめました。
プー カングァン

1月25日 サタンの手招きのようだ

慣れは怖い。どんなことにも人はすぐに慣れ、少々のことは笑って済ませてしまう。
慣れはサタンの手招きのようだ。
プー カングァン

1月24日 青い空

空を見上げると、抜けるような青い空。幼い頃の事をふと思い出す。
父と二人、東京から大阪に里帰り。だけど父は僕を残して東京に帰ってしまい、父さん子の僕は泣きまくりパニック。
そんな僕を見かねて、年上のいとこが凧上げに連れて行ってくれた。
その時の空が今日の空にとてもよく似ている。
しばらくして父が僕を東京に連れて帰ってくれたが、不思議と迎えに来てくれた事を僕は覚えていない…。
プー カングァン

1月23日 自分に一番腹立つわい

世の中、腹の立つことが多すぎる。立場の弱い人間ばかり非難が集中。強い者にはエヘラエヘラ。
きれい事ばっかり並べて中身は腹黒い。独善家たちが闊歩闊歩。もういい加減にしてほしい。
でもこのプーも、この腹の立つ社会を担っている一人。えーい、自分に一番腹立つわい。
プー カングァン

1月22日 フルバン

昨日、ブンガにて本格的なバンドの初めての演奏がありました。
うーん、やはりフルバンドはいいなあ。以前はプーもフルバンドで歌っていたのだけど、また近い将来フルバンドで歌いたいなと思いました。
プー カングァン

1月19日 このプーがそうだから

コートの襟を立てて寒いプラットホームで佇む人人々を見ていると、何のためにみんなは生きているのかなあ、などと問うてしまう。
鉄の塊の満員電車を寒さに凍えながら待つ人々は、きっと何かに怯えているのだろう。きっと何かにせき立てられているのだろう。
なぜそう思うのかって、このプーがそうだから。
プー カングァン

1月18日 人生って摩訶不思議

人生とは山あり谷ありと言うけれど、本当に波のようだと最近つくづく思うようになった。
上がれば下がるし、下がれば上がるし。
人生って摩訶不思議。
プー カングァン

1月17日 人を信じることの難しさ

大切な人を信じることは、言葉では言えないほど難しい。
それはまるで、白い砂浜で砂の数を数えるかのような、気の遠くなるような感じのもの。
ああ、気づけばみんな星になるというのに。
プー カングァン

1月13日 夢を見るには

夢を見るには力が必要だと誰かが言っていたけど、まさにこの頃、心底そう思うようになってきた。
夢を見続けながらこの世を生きていきたいものだ。
プー カングァン

1月11日 今日もまた

今日もまた中央線は人身事故。
本当に毎日毎日人身事故。
悲しみの絶える日はないものか?合掌。
プー カングァン

1月10日 不思議なこともあるものだ

予知夢というのはあることは知っていたが、長年会わなかった友の夢を見た数日後、つまり今日、実際にその友と会えた。
嬉しいのはもちろんだったが、その偶然に全く驚かされる。
不思議なこともあるものだ。
プー カングァン

1月8日 自分には自分が見えないものなのかも

気がついたらここにいた。確かに選択したのは他でもない自分なのだが、今の結果を見たらめまいがするほど望んでない自分がいた。
でももしかしたら望んでないと勘違いしているだけで、その都度大いに望んでいたのかもしれない。
それほど自分には自分が見えないものなのかも。
プー カングァン

1月7日 価値観

フッと振り返ると、プーの価値観もその時代その時代によって随分変わったなと思います。
これは絶対変わらないと思っていた価値観がいとも簡単に変わってしまった経験を過去に何度もしました。
主に出会いや別れがきっかけになり、価値観が変わったのだが、プーはあと何回大切な価値観が変わるのだろう。
プー カングァン

1月6日 全くのお手上げ

世の中わからないことだらけ。
それでも以前は少しはわかっていたつもりだったのに、実はそれすらもわからなかった。
うーん、本当に何もかもわからない。
自分もわからないし、全くのお手上げ。
プー カングァン

1月3日 一にも二にもコミュニケーション

年が変わり、様々な思いを胸に、今年こそはと思ってらっしゃるみなさん、本当に今年こそはいい年にしましょう。
そのためには一にも二にもコミュニケーション。
2006年のキーワードはコミュニケーションです。プーも今年こそはコミュニケーションをしまくりたいと思っています。
どうぞよろしく。
プー カングァン

----2005年----

12月30日 来年もよろしく

ライブバーBUNGA、今年ラストの営業でした。
たったひと月の期間でしたが、本当に様々なことがあり、言葉で言い尽くせないので、したためることはしません。
でもみなさんに感謝という言葉だけ書かせていただきます。
本当にありがとうございました。
そして来年もよろしく。
プー カングァン

12月28日 越えなければならない

生きて行くことに懸命に生きているのではなく、奴隷として生きていくことに懸命になっている様子は哀れとしか言い様がなく、何万回の説明をしてもきっと理解できないのだろう。
奴隷の人生から逃れる術はきっと一つ。それは奴隷の頂点に立つこと。
しかしそれこそ奴隷そのもの。
ああ、そのヒエラルキーから逃れたい。いや、逃れなければならない。いや、越えなければならない。
プー カングァン

12月26日 帰路についています

寒風吹きすさぶ中、仕事を終えて夜中、今日はチャリンコでなく歩いています。ただただ歩いています。
寒さも考えによっては心地良く、体と心がキュッと締まる感じ。
人生もキュッと締まりながら歩いていきたいなあと思いながら帰路についています。
ああ顔が痛い。45分の道のり。
プー カングァン

12月21日 たとえお客さんが一人でも

生まれて初めて毎日ステージで歌っています。一日も欠かさず毎日ステージに立つのは本当に生まれて初めて。
どんどん歌がいい感じになってくるという実感があります。
みなさん、一度プーの歌を聴きにいらっしゃいませんか。
たとえお客さんが一人でも、リクエストがあればプーは心のこもった歌を歌いますよ。
プー カングァン

12月19日 いざ生きめやも

深い海の底から湧き出る命の泉は、長い長い時の流れを経て私たちの身体と魂を作り上げていく。
孤独と孤立に打ちひしがれているさみしき汝よ、もう一歩、歩み出てほしい。
地獄の時と空間は、実は優しき母の胸であったと感じる時が来るであろうから。
君の涙は海の涙。君の笑顔は宇宙のリズムと光の調和。
さあ、与えられた時と空間の中をダイナミックに、いざ生きめやも。
プー カングァン

12月17日 今日はたまちゃんライブ

今日はBUNGA(ブンガ)初のライブの日でした。
トップはたまちゃんライブでした。彼の優しい人柄が出る素敵なライブで、LIVE BAR BUNGAもプーもとても幸せな一夜でした。
これからも素敵なアーティストたちを呼んで素晴らしいひとときを作っていきたいと思います。
たまちゃんご苦労様でした。これからもよろしく。
プー カングァン

12月16日 素直に素直に

店が終わって、今は駅からチャリを使って帰っています。
寒風吹きすさぶ中、夜中にチャリを走らせると耳が痛くなり、その感じが何か言い様の知れない懐かしい気がしてくるのです。
この頃いろんなことがとても懐かしい。いろんなことがとてもいとおしい。
その都度その都度の人生の響きが心によく届きます。
素直に素直に、できるだけ素直に生きていきたい。
プー カングァン

12月15日 走りまくろうと思うプーでした

店ができてから時間が無くて、全くランニングしてません。
星空の下を走り抜けるあの爽快感がプーはとても好きで、本当に走ることが好きなプーは、今走りたくてムズムズしています。
店に慣れて時間が取れるようになったら、また走りまくろうと思うプーでした。
プー カングァン

12月13日 この世とあの世

プーもこの年になると、この世を去る人たちがとても多くなってきます。
あの世があるのならば、少しは心も慰められるのですが、まだ見ぬあの世に実感することもできず、この世に居ながらあの世に行く人たちの思いを感じるプーでした。
プー カングァン

12月9日 出会いに来ませんか

今日の店での出会いは、サルサ初めてなのにとても上手に踊った人と年代がほぼ同じだったり、切り絵の素敵な画家さんや、お酒がとても大好きな人や、書ききれないほどいい出会いがありました。
お店が閉まる前に一人で来ていただいた女性の方もとても素敵で、プーが一曲プレゼントすると喜んでいただいて、プーの方がうれしくなりました。
出会いの為につくった店が、まさに今現実となって、出会っています。
みなさんも一度プーの店LIVE BAR BUNGAへ出会いに来ませんか。
プー カングァン

12月6日 見事な三日月でした

昨夜、すごいきれいな月を見ました。
見事な三日月で、あの美しさはどんなすてきな画家がチャレンジしても描けないだろうなと思うくらいの素晴らしい月でした。
みなさん見ましたか。
プー カングァン

12月4日 残念

残念。雨のため路上で歌うことができませんでした。
本当に残念。来週こそは代々木公園で歌いたい。
みなさん待っていて下さいね。
プー カングァン

12月3日 明日は2週間ぶりに路上に出ます 

店を出してから早1週間がすぎました。
まだまだ手探り状態できちんと回転していないのですが、1日も早くいいライブバーにして、みんなに喜んでもらえたらなあと思ってます。
明日は2週間ぶりに路上に出ます。やはりプーは店で歌うのもいいのだけど、青空の下、大地の下で歌うのが大好きなので、寒さも全く気にせずに明日は歌いたいと思います。
NHKの方にもプーはどこにいるんだという問い合わせが結構あったみたいで、いかにプーのライブバーオープンと言えど、2回も休んでしまったのは路上に来ていただいた方々に本当に申し訳なく思います。
この紙面を借りてお詫びします。本当にごめんなさい。明日は懸命に歌いますよ。
プー カングァン

12月1日 いい感じになってきました

ミスを重ねながらもBUNGA(ブンガ)は順調に回転し始めました。
スタッフも懸命にがんばってくれていい感じになってきました。
しばらくはみんなが慣れるまでもう少し時間がかかると思いますが、その時が来れば有意義なイベントをどんどんして行きたいと思います。
プー カングァン

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11月26日 みなさんのご愛顧をよろしくお願いします

さまざまな苦難を乗り越え、LIVE BAR BUNGA(ブンガ)が開店の日を迎えることができたのは、ひとえにみなさんのお蔭です。
プーひとりの力ではとてもじゃないですけど、こんなに素敵な店はできなかったことでしょう。
この感謝の気持ちを忘れず、LIVE BAR BUNGA(ブンガ)を最高の店にしますので、みなさんのご愛顧をよろしくお願いします。
プー カングァン

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11月22日 ホッと一安心

荻窪駅で見知らぬ人から、「テレビ見ましたよ」と笑顔で優しく声をかけていただきました。
みなさんにどう映っていたのか心配でしたが、ホッと一安心する出来事でした。
プー カングァン

11月21日 音楽って本当にいいなあ

今日は待望のラメ入りのドラムスセットが入りました。
うーん、何と美しいんだろう。
楽器って本当に美しいと思いませんか。
音楽は本当にいいなあ。
プー カングァン

11月16日 無題

ようやく今日は寒くなり、ホッとしています。
だって、暑い冬なんて、みんな、怖いと思いませんか。
プー カングァン

11月13日 今日でNHKの取材・撮影が終わりました

代々木公園で歌う僕をNHKのみなさんは懸命に取材・撮影してくれて、逆に僕がその真摯な姿に心打たれました。
8日間もの長い間プーの歌とおしゃべりを、仕事とは言えそこまでしてくれるのかと思うくらい、優しさにあふれたその態度は、まるで10年来の知己のよう。
今日でNHKの取材・撮影が全て終わったのですが、自分でも驚くくらい本当にさみしさを感じています。
NHKの皆様、本当にありがとうございました。
プー カングァン

11月10日 NHKのみなさんありがとうございました

午後1時に我が家で取材・撮影を開始。そして夜は荻窪のプーの店で取材・撮影。
あっという間に終えるが、残すところ今週の日曜日の大道での1回になる。
計8日間の取材・撮影だったが、終わるとなるととてもさみしい。語ることによって再度認識したこともあるし、新しい発見もあった。
今回の取材・撮影は僕にとって有意義なものでもあったし、素晴らしいものでもありました。
少し早いのですが、NHKのみなさん、ご苦労様でした。そして、ありがとうございました。
プー カングァン

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11月9日 明日はいよいよ

明日はいよいよ、壁、床、エアコンなどなどの内装工事の契約の日。
いよいよここまで来たか、と感慨にふける暇もなく、次から次へと準備の仕事が待っている。しかもその間にNHKの取材もまだ残っていて、プーさんは大いに大忙し。
この大きな山を乗り越えたら、自分で自分にささやかなご褒美をあげたいな…。
プー カングァン

11月6日 乞うご期待

近日中に40年ぶりの感激の同窓会について書きます。
乞うご期待。
プー カングァン

11月2日 ランニング

プーは人と人とのコミュニケーションが苦手なので高校のとき陸上部に入ったのですが、その名残で今も一人黙々と遊歩道を走ってます。
風を切り、緑を感じ、星を眺め、月を仰ぐ。
ランニングはまさに自然を感じさせる素敵なひと時なのです。
これからプーはとても忙しくなりますが、少しの時間をみつけながら走っていきたい と思っています。
みなさんもたまには自然の中を軽くランニングをしてみてはいかがでしょうか。
プー カングァン

10月29日 またまた開きます

今日、早稲田奉仕園にて、「全ては出会いから始まる」という集いをしました。
思ったとおりなかなか面白くて、またこの集いを開いてほしいという要望も多かったので、近いうちにまたまた開きます。
みなさん楽しみにしていて下さいね。
プー カングァン

10月28日 早やクリスマス

西友やニトリへ行くと、早やクリスマスの商品がザッと並んでいる。
まだ10月だというのに、本当に気の早い。自分の年のせいもあるのだが、季節のイベ ントもこのように先取りの状況ではやはり、どんどん年を取っていくことになお一層 拍車がかかっていくような気がする。
企業側としては先取りは仕方ないのだと思うが、それにしても、ちと早すぎるので は、と思うのはプーだけなのでしょうか。
プー カングァン

10月27日 いよいよ明後日

いよいよ明後日、早稲田奉仕園にて、プー主催の初めてのオープンマインドの集会が開かれます。
どうなるか全く予想すらできませんが、全ては出会いから始まる、のコンセプトのもとに、当日に臨もうと決意するプーでした。
プー カングァン

10月26日 プーのライブバー

11月25日オープン予定のため、今日もミーティング。
日にちが近づいてくると、小心者のプーは心配だらけ。
でも何とか乗り切って、みんなが癒されるステキな時と空間を作りたい。
プー カングァン

10月23日 いい出会いにほろ酔い気分

NHKのYさんの取材と撮影を終えて、ホッと一安心のプーです。
彼の人柄に触れ、楽しかったひとときを今思い出しながら、人生の出会いの素晴らしさに、お酒を飲んでもいないのにほろ酔い気分。
Yさん、この数日とても楽しかったです。心よりどうもありがとう。そして、これからもよろしく。
プー カングァン

Image 10月19日 遊歩道にて

大阪から上京してきた母が、明日帰ります。年老いた母と夜遅く、秋の夜の寒さ の中、ゆっくりと二人歩いていると、木々の緑の隙間がちょうど円になっていて、そ の円の中に白いきれいなお月様と、ほんの少し離れたところにかわいいお 星様が光っています。
思わず母に「お母さん、すごくきれいだよ」と母の小さくなった肩を両手でそっと支 えながら見える位置まで誘導すると、ようやく気づいた母が、子どものように無邪気 に「うわー、きれい」と感嘆する。
若き日より医者に長生きは難しいと言われた母が、80になる歳まで生き長らえて、い つのまにか51歳になったプーと二人、仲良く人生の後悔をしながら、これからもがん ばっていこうと励まし、二人ゆるりゆるりと家路につく。
秋の夜長のひとときでした。
プー カングァン

10月16日 陸上部

今度の正月は店のこともあるし、ふるさとにはもしかしたら帰れそうもないなあ。そ う言えば、市のマラソン大会が1月1日にあるとのこと。50歳以上の部に登録しようか な。最近は忙しすぎて遊歩道を走る日がめっきり少なくなってしまったけど、ちょっ と気合いを入れて走ろうかな。
高校時代、人とうまく付き合えないプーは、人とのつながりの少ない陸上部を選んだ のだが、それが高じていまだにプーはひとり走っています。いつかどこかの走ろう会 にでも入ろうかなあ。今度プーと走りたいなと思う人が万が一いるなら、いつか一緒 に走りましょう。
プー カングァン

10月15日 プーのカクテルとプーの歌を

いよいよ本格的にプーのアジアン風ジャズバー造りが始まりました。
荻窪駅北口歩いて3分。地下1階90平米の店ですが、とにかく素敵な店にしたいので、何かみなさん素敵なアドバイスがあればプーにどんどん書き込み下さい。
まずはプーは、カクテル作りの練習に励もうと思っています。疲れた皆さんにプーのカクテルとプーの歌を…。
プー カングァン

10月13日 国際救助隊がほしい

マグニチュード7.7の地震がパキスタンを襲いました。
世界各地でこのような災害が起きていますが、僕は常に思うのですが、救助する専門 家が本当に少ないということを痛感せざるをえません。
日本は特に、官僚に渡すお金があるのならば、その何割かを使って救助する専門の組 織を作ってみては、と切に願うプーです。
今まさに国際救助隊なるものを作って欲しい。いや、作らなければいけない。
プー カングァン

10月3日 広島で久々に歌ってきました

9月26日、“姜仁秀さんの「誇らしい韓民族賞」受賞を祝う会”に広島まで呼ばれ、 歌ってきました。
姜先生のことはビデオやその他の資料よりその人となりを自分なりに理解し尊敬してい たのですが、実際にお会いするとそれはもうとても優しい方で、長年の苦労を微塵も 感じさせないほど笑顔が素敵な方でした。
姜先生を祝う会に招かれて歌える僕はとても幸せな人間だと思い、心から力の限り歌 いました。
そしてまた、たくさんのいい出会いもあり、いつの日か再び広島の地を訪れたいなと 思うプーでした。
P.S.夜中、ホテルを出て広島平和記念公園まで歩き、原爆ドームで手を合わせてホテ ルに帰りました。平和な世の中はまだまだ遠い。
プー カングァン

9月11日 大海の一滴でも

長い歌の流浪の旅を経て、東京に出て早20年。世の中、本当に悪くなったなあとつ くづく思います。
様々な情報が大量に流れて、どの情報を信じて良いのか解らなくなってきた。 きっと僕も含めてみんな先が読めなくなったなとつくづく実感します。
世界は不幸な戦争があちこちで起こっているし、日本もいつ巻き込まれるかわからな い状況に陥ってきてるし、これから人間はどこへ行くのだろう。
大海の一滴でしかないプーは、兎にも角にもラブ&ピースをただただ歌っていくだ け。何かくやしいなあ。
プー カングァン

8月26日 あきらめない限り

平和の歌を歌い続けることをあきらめないぞと自分に言い聞かせ、兎にも角にもあきらめない限り歌い続けることができるんだと懸命に生きてきたら、はたと気づくともう25年以上も歌い続けてこられた。
これからもあきらめずに、プーは歌い続けていきます。
プー カングァン

8月8日 夏の昼下がり

太陽ギラギラ、夏の昼下がり、近所の遊歩道を散歩している時、あまりの気持ち良さ に青空の下で急に裸になって歩きたいという強い衝動に駆られる。うーん、でも本当 にその行為をすると結果どうなるか見え見えなので、我慢する。
一糸まとわぬ姿で何も気にせず緑の中を自由に歩けたら、きっととっても気持ちいい だろうな。
プー カングァン

7月30日 文明のおまけ

暑すぎる夏も天変地異を感じさせ困るのだが、暑すぎる夏に強すぎる冷房も大いに困 る。
そもそも人間は下半身を冷やすことは万病のもとになるにもかかわらず、あらゆると ころでその万病をわざと作っているとしか言い様の無いくらいに冷房しまくってい る。暑すぎる夏に足腰を冷やさないがために、ひざ掛けを常に持参しなければいけな い人もいるほど。
文明が進むということは、こんなおかしな矛盾が生じるということなのか?
あまりにも変なおまけが多すぎると思いませんか?
プー カングァン

7月17日 愛の歌

悲しく、むごいニュースばかりが巷で氾濫している中で、嬉しいニュースはほとんど 皆無と言っていいくらい少ない。みんな、悪いニュースが当たり前になっているんだ ろうなあ。プーだってそうだもん。いつからニュースってこんなに悲惨な出来事があ ふれてきたんだろう。そう、それだけ人類が今危機に瀕しているのだろう。でも、平 和の為にがんばっている人たちもたくさんいるのだから、決してあきらめずに歩いて いきましょう。
プー カングァン

愛の歌

1.涙にぬれた人達悲しみ多い毎日
  人を世の中自分さえも恨んで呪う人生
  おなかを空かしてる子供達明日の生命さえ解らない
  おなかを空かせて死んだ子供の親は悲しい
  家族が食べてゆくために娘を売る家もある
  売られてゆく娘達の心は体は誰のもの
  僕にできることはたったひとつだけ
  生命つづく限り愛を歌うこと
  愛の歌君にとどけ悲しみをのりこえて

2.家のない人達は北風吹く夜も
  寒さに震えながらけんめいに生きている
  多くの人達の助けを呼ぶ声が
  君にも聞こえるだろう耳をすましてごらん
  人が人を欺き人が人を憎む
  人が欲望のために人の生命さえ奪う
  力ないこの僕に残されたひとつの道
  生命果てぬ限り愛を歌うこと
  愛の歌君にとどけ悲しみをのりこえて
  愛の歌共に歌おう苦しみをのりこえて

7月17日 本当にヤバイ

人間の異常なほどの誤った幸せ観を求める経済活動の為に、今、人類が多方面におい て絶滅の危機に瀕しているということをみんなが実感をもって生きてくれたらなあと 切に願うこの頃のプーです。もっともっとこの状況に危機感を抱きましょう。みなさ ん、気温上昇一つとっても本当にヤバイと思いませんか。他人事でないと思えば、一 人一人が「何をしていいかわからない」などという言葉は無くなり、何か自然に一人一人 が動けるのではないでしょうか。プーももっともっと危機感を持って、もっともっと 動きたいと思っています。
プー カングァン

7月17日 路上での思い出

昔、若かりし頃、路上で座って歌を歌っていると、人が全然寄ってこなくて、それで もなおかつ懸命に歌っていると、ちょうちょが人の代わりにプーに寄ってきて、しま いにプーの肩や頭に止まり、そしてずーっと休憩もしくはプーの歌を人様の代わりに 聴いてくれているかのようにしてくれている。
その様子を見た人々がとても興味を示し、プーの歌を聴いてくれたというお話です が、あのちょうちょは輪廻転生があるならば何か縁のあったものかもしれませんね。
プー カングァン

7月17日 トンボ

昔、若かりし頃のある夏の日、電車内にトンボが紛れ込み、車内のお客さんが、特に 若い女の子たちがギャーギャーとうるさくて(若い女の子は虫などを嫌がる傾向が強 いのではと思うプーでした)トンボがかわいそうになったプーは、本当に何も考えず に手を差し出すと、トンボがプーの指に止まり、じっと大人しくしたので、次の停車 駅でドアが開かれたので、トンボを外に出してあげる。
その光景を車内のみんなは奇異に見てたような記憶があるのですが、夏の夕暮れに散 歩していて、その出来事をフッと思い出したプーでした。
プー カングァン

7月11日 僕の方こそ癒されました

7月10日、この日は暑くて暑くて、頭クラクラ汗びっしょりの中で懸命に歌う。聴く人ほとんどいなくて、ちょっぴりさみしく帰ると、メールが入っていて、何と心温まる励ましの言葉。「今日の路上ライブ癒されました」とのこと。このメールを見て、プーの方がとても癒され、疲れが一気に取れて、幸せな気持ちになったプーでした。
P.S.歌っている時は聴いていただいているとはゆめゆめ思っていなかったのですが、この出来事を踏まえて、これからは聴いていただいている聴いていただいてないにかかわらず、心をこめて一曲一曲を路上で大切に歌いたいと思いました。もちろん、青い空や一陣の風にも・・・。
プー カングァン

6月27日  6月9日 母と二人、懐かしの恵比寿

母が上京して来たので、第二の故郷・恵比寿を懐かしく散歩して周る。母は大きな悔いもあるので(東京で幸せに暮らしていたにもかかわらず、ある理由で大阪に引越しをして、僕たち家族は辛酸をなめてしまう)、歩きながら愚痴を何度も僕に言う。足もさすがに弱くなり、歩くスピードはとても遅い。そんな母を見るととても悲しくなる。運命は不思議なものだ。大病持ちの母が長生きをして、今では早くお迎えが来てほしいと願っているほど。
この日の前々日恵比寿を訪れたにもかかわらず、僕は二日後の今日、無性に母とまた恵比寿を歩きたくなり、母と二人またもや恵比寿を目指す。男兄弟四人が通った小学校を母がぜひ見たいというので、まずはR小学校に向かうことにする。
電車を乗り換え、ようやく学校に着くと、昨今の事件のためか、施錠されたまま。無理かなとは思ったがインターホンで、大阪から母が来ていて、息子四人が通った小学校をぜひ見せてあげたいので、中に入れてほしいという旨を告げると、すぐに快く受け入れてくれて、校内を見ることができる。
昔は学校で盆踊り大会や映画会などもあり、地域の密接度は今とは比べものにならないほど強かった。母は「懐かしい、懐かしい」と何度も言い、僕の入学式に記念写真を撮った場所に行くと、「ここは昔と全く変わってない」と驚いて、まるで子どものように無邪気に喜んでいた。そこには水飲み場も昔のまま残っていて、僕はよく晴れた日に蛇口を指で押さえ、角度をつけながら水を思いっきり飛ばしてきれいな虹を作っていたことを思い出した。
案内してくれている女性に「一年一組の教室の中に入れませんか?」と言うと、「今は少子化でその教室は使われていないけれど、副校長が帰ってくれば中に入れると思います」と副校長を探してくれる。しばらくすると小柄で優しそうな中年女性をその人は連れて来てくれた。紹介を終えると今まで案内してくれたその親切な人は僕たちに一礼をして去って行く。その人に僕と母は感謝の礼をし、副校長について行く。
校舎の中に入ると副校長は「担任はどなたですか」と聞いてきたので、僕は「大村先生です」と言うと、副校長はびっくりしながら「それなら同級生です」と言う。僕も驚いて、確認のため、「一年一組ですよ。そこの小階段で入学式の記念写真を撮ったけど、覚えてます?」と聞くと、「はい、一年一組だし、そこの小階段で記念写真を撮りました。今もその写真は持ってますよ」「ええ!僕も持ってます」と言うと、彼女は「失礼ですけど、年齢は?」と聞いてきたので、「ちょうど50です。昭和29年生まれです」と言うと、「私は30年の1月ですから、間違いありません。同級生です」。
母はこの二人の言葉のやり取りを聞いてあっけにとられていて、言葉にならない言葉を発し、「こんなことってある?」と言いながら、感動し驚いていた。僕も彼女も不思議な連帯感を覚えながら、お互い言葉につまる。同級生であるということは紛れもない事実なのだが、如何せん、僕は全く彼女のことは覚えていなくて、他の同級生の名前を自分でもよく覚えていると思うくらいスラスラと何人かの名前を丁寧にもフルネームで言う。すると彼女は「実を言うと私は10月に引っ越して、一組のクラスメートの名前さえも覚えていない」とのこと。しかも、「私は背も低く、目立たなくて大人しかったので、みんなの記憶にないと思いますよ。でも、運動会は出ました」と言う。僕は、そうか、それで彼女のことを覚えていないんだな、と合点する。しかし覚えていないにもかかわらず、同級生であることには間違いないし、あの嬉しかった入学式や、一年生の最初の頃は、当時は幼稚園に行く子はほとんどいなかったので、学校が幼稚園の代わりに担任の先生が絵本を読んでくれたり、お遊戯をしたり、本当に楽しく過ごしていたので、その時期を共に過ごしたのだな、と思うと胸にこみ上げてくるものがあった。僕たちの担任の先生はとても優しい女の先生で、父兄の方たちにも人気があり、僕にもとても優しく、だからこそこの時代がいとおしく懐かしい。歌の旅を経て、東京に着いて20年間、矢のように過ぎて行ったが、その時代の友だちとは誰一人会っていなくて、初めてこの時代の同級生に会い、僕は感動した。彼女も「よくお遊戯しましたね。きっと一緒に手をつないで遊んだんでしょうね」と言い、お互い相手を覚えていないからこそ逆にリアルな感じがして、二人昔懐かしい話に花を咲かせる。しばらくしてさっき案内してくれた人に再び会い、その人に副校長が僕を同級生と告げると、とても驚いて「涙が出ちゃう」と言って、自分のことのように喜んでくれた。
人間の縁とは不思議なものだ。43年ぶりに一年一組の同級生と、時間と空間を超え、学校で出会えた。入学式の記念写真を家に帰ったら見て確認しましょう、とお互い約束して、母と僕は礼をしてさよならを告げる。彼女は校舎の前から僕たち二人を正門まで見えなくなるまでずーっと手を振ってくれた。そんな彼女に僕も何度も何度も振り返り、手を振った。
僕が母に急に「また恵比寿に行こう」と言い出したのも不思議だし、母が「学校が見たい」と言ったのも不思議。人間の人生は小さな縁の塊が大きくなり、小さな不思議の塊が大きくなり、それで人生が変わっていくのだなあ、人生に今日のような不思議な出会いや縁があるならば、少しは人生も捨てたもんじゃないな、と思った。遠い昔だった一年一組が、今日この出来事によってとても身近に感じられ、プーの半生が何か許されたような感じがした。そして、生い立ちから今の自分がつながった感じがして、安堵し、とても幸せな気持ちになる。現在の我が家に帰る道すがら、年老いた母が「今日は本当にいい日だった」とつぶやく。笑みを浮かべながらいつもよりほんの少し早く歩く母の姿を見ていると、母の人生がやり直せるものならば、とつまらないことを考えてしまったプーでした。お日様はあっという間に沈み、母と二人、家路につく。
プー カングァン

6月20日 傍目八目

傍目八目と言うけれど、プーにとっては傍目八目どころかまさに傍目百目と言えるの かもしれない。
少し前までは傍目よりもむしろプーの方が先が見えていると思っていたにもかかわら ず、それは大きな誤りで、今、傍目百目という気分になる。
今の自分の大きな結論なだけに、少し憂鬱。
プー カングァン

6月19日 大きな悪と小さな悪

私たちは小さな悪に対しては怒り、注目し、攻撃さえもする時がある。
しかし、大きな悪に対しては全く気付かず、無関心であり続ける。
この構図を少しでも変えていきたいなと思うプーでした。
プー カングァン

6月16日 感動的な偶然

最近、偶然、知り合いと会うことが多くなる。うーん、不思議だ。
電車でバンドメンバーのギタリストに会ったり、家具屋さんで某コーヒー店に勤めて いた店員さんに会ったり、なんと46年ぶりに小学校の一年一組の同級生に会ったり! うーん、人生、不思議なことが多いなあ。何かが始まる知らせなのかしら。
プー カングァン

6月13日 素敵な5組の親子連れに出会いました

6月12日(日)、いつものように代々木公園の池のほとりで歌っていると、素敵な5組 の家族の親子連れの人たちが、プーの歌を聴いてくれました。
子どもは小学校3年生から6年生までの本当にかわいい子どもたちで、お父さんとお母 さんたちも笑顔の素敵な人たちでした。
みんなの笑顔は近頃、東京ではあまり見かけなくなった心優しい笑顔で、歌っていた プーが逆に心癒されたひと時でした。
プー カングァン

6月5日 夢思う

夢のような話だが、プーの理想郷はみんなが競争しない世界。
人間が動物である限り、自然が自然である限り、生きていくための動物的な競争心を否定することはむつかしい。
だが、今の競争は、本来人間のもつ動物的な競争の枠を越え、科学の発展によって途方もなく巨大化してしまった。
富める国では、生まれた頃からみんなが競争競争に明け暮れ、しまいには戦争や経済で大勢の人たちを殺しにかかる。科学も最初は人が幸せになるための進歩であるはずが、今では経済競争により、人類を何十回も殺せる武器を発明したり、、自然破壊もしまくりだ。近い将来、人類の少数が月へ逃げるということさえも現実化しそうな勢い。これら全て絶え間ない競争の結果起きた現象ではないか。
また、努力というのはどこの国でもとても素晴らしいことのように言われているが、このように競争のために努力することは、皮肉にも破滅への道へまっしぐら突き進むかのようにプーには見える。何のための努力なのか、それを見極めず誤った方向にいけばそれは大変な結果になってしまう。
そういう意味で冒頭に述べたように、プーはみんなが努力をしなくても、生きていくのに必要な食べ物を少しの量だけ自然からありがたく頂戴し、その日その日を心から感謝し歌を歌いながら踊りながら語り合いながら、仲良く平和に暮らしていける世界があればいいなと夢思うプーでした。
プー カングァン

5月19日 歌の旅Ⅷ

僕の歌の旅はお金がほとんど無かったので、移動には歩き、ヒッチハイク、そして各駅停車の電車の旅が主でした。今日はその電車の旅の話を一つ書きましょう。
ある時、あまりにも眠たくなったので、他のお客さんの迷惑を考えもせずに(その時、居合わせた人達には今では遅いけどゴメンナサイ)、車内の長椅子に寝袋を敷いてその中に入り寝てしまう。汚い大きなバッグとマーチンD35のケース、そして手すりに洗って乾いてないパンツや靴下などを干しながら、グースカ夢の中。車掌さんもあまりに異様なプーの姿に通り過ぎて行くだけです(その時の車掌さんにもゴメンナサイ)。
夢から覚めたプーは、車内にいるお客さん達の目を全く気にすることもなく、おもむろに寝袋のファスナーを開け、むっくりと起き上がると、けたたましい女達の「キャー!」という大きな声。そして次に大きなけたたましい笑い声にすぐに変わる。見ると、やはり女子高校生たちの一団だった。とにかくこの女子高校生たちはうるさい。いつも過剰反応するし、第一、車内にいる他のお客さん達に迷惑だ。うーん、しかし、はるかにプーの方が迷惑だろう。
プーがその女子高校生たちの一団にどうもどうも、と手を振ると、女子高校生たちはキャッキャと大騒ぎ。しかしこれ以上目立つとまずいと思い(もう十分目立ってはいるが)、あとは静かにする。
長距離の各駅停車なので、しばらくするとなまりが変わってくる。何か顔つきもどことなく変わってくるような気がして、みんなを見ているとこれがなかなか面白い(プーを見ている方がみんなにとって面白いのかもしれないけれど)。車内はなぜか喉も渇きやすく、親切な人からもらったリンゴを、包丁が無かったのでハサミで皮を剥きながら、そこらへんリンゴの汁だらけにしながら口も手もハサミも汁だらけになりながら、リンゴをパクつく。何とおいしいことか!
歌の旅の出来事は、今思い返すと危なっかしいことも多く(皆さんに迷惑をたくさんかけたと思います・・・)、それにちょっとズレてるプーがいるのだが、なぜか思わず笑みがこぼれてしまう。その当時のプーは懸命に人生に悩み考え、のたうちまわっているつもりだったが、時が過ぎると思い出になるということでしょうか?
プー カングァン

5月15日 大道ミュージシャン

最近、久しぶりに路上に歌いに出て、大いにとまどっている。何せ歌っている人間の多いこと、多いこと。しかもアンプをつけて大音響でパフォーマンスしている。昔、プーが路上で歌っていた頃は、ほぼプーしか歌っていないので、全くプーの独壇場だったにもかかわらず、今は多くの路上のミュージシャンの中で、生で歌うプーの歌はほぼかき消されて行く。うーん、とても辛い。
しかしそんなとまどいを遥かに越える魅力が路上にはある。路上で歌うということの不思議な空間と時間の織りなす世界。歌い出すと瞬時に時代も場所も越えて、様々な場所で歌った記憶が甦ったり、タイムスリップしたりする。
確かに今の路上は昔と違い、様々な意味で厳しくなったけど、魅力もまだまだたくさんあり、プーもまだまだ元気なので、これからもできる限り路上で歌い続けたいと思っています。
プーの原点は路上、即ち大道にある、と最近歌い出して確信している今日この頃のプーでした。
プー カングァン

大道ミュージシャン

恥ずかしいなこんな所で歌を歌うのは
みんな見てる白い目で汚れた物でも見るように
だけど歌いたいみんなのすんでる町や村で
だけど歌いたい生きる喜び愛の歌を
一日中歌っても聞く人少なくカンパも少ない
さびしいね聞く人いないのに力かぎり歌うのは
だけど歌いたい畑や田んぼや青い空へも
だけど歌いたい母なる海や父なる大地へ
大道ミュ一ジシャン風にも負けない雨にも負けない
大道ミュージシャン寒さに負けない暑さに負けない

今日はどこで歌おうか歌えばどこでもすてきなステージ
ギターひとつ夢だけ持ってうしろ指さされながらも
だけど歌いたい車のしぶきに心ぬれても
だけど歌いたい人の流れに屈辱感じても
金はないし身なりもきたなく寝る場所も決まっていない
悲しいなこんな生活体も疲れた心も疲れた
だけど歌いたい歌わずにはいられない
だけど歌いたい愛する幸せ生命の歌を
大道ミュ一ジシャン風にも負けない雨にも負けない
大道ミュージシャン寒さに負けない暑さに負けない

大道ミュージシャンばかにされても笑われても
大道ミュージシャンみんなに負けない自分に負けない
大道ミュージシャン誤解されてもからかわれても
大道ミュージシャン今日は泣いても明日は泣かない
大道ミュージシャン警察来てもやくざが来ても
大道ミュージシャン今日は負けても明日は負けない

※プー カングァンの歌より。1986年4月8日~15日作

5月11日 歌の旅Ⅶ

夜中、ろうそくの明かりをたよりに、テントの中で「明日に向かって生きてゆけ」というテーマの歌を懸命に歌い作っていると(そう言えばこの歌は昔よく歌ったものだが、今は全く歌ってない。真剣に作った歌達をプーは何百曲も歌ってない。そう思うと不思議な寂しさが込み上げてくる・・・)、テントの外から数人の拍手の音が聞こえる。何だろうと外に出てみると、地元の高校生が数人、笑顔で「いい歌ですね」と喜んでくれている。
創作中、ずっとこの若者達はプーの歌を聞いていてくれていたのだ。そしてほぼ完成したと同時に拍手をしてくれたのだ。プーはとても嬉しくなり、心からありがとうと何度も言う。故郷を離れ、親不孝をしてまでも自分の道を選んだにもかかわらず、自分の理想とした歌の旅の在り方とは程遠い毎日の自己嫌悪の中で、思いもよらぬ自分の歌への賞賛に、プーは自分の選択は間違っていなかったとほんの少し思え、本当に嬉しかった。
一夜限りの彼ら・彼女らとの友情を交わし、お互いがんばって生きて行こう、と誓い合い、さよならする。その夜プーは大いなる愛と幸せを感じながら一人テントの中で眠るのでした。
プー カングァン

明日に向かって

1.明日に向かってむねをはろう
  苦しさばかりの人生だけど
  生きたあかしを見せてやれ
  今はくちびるかんでいても
  いつかはうららかな春がおとずれもしよう
  東にのぼる朝焼け体いっぱい光りあれ
  ひととき南の風にあたってひたむきな力をたくわえろ
  そうさ夢を明日につなげ

2.明日に向かって生きてゆけ
  涙にくちびるふるわせても
  力ふりしばれとどまるんだ
  負けた男になるものか
  いつかはあたたかな春がおとずれもしよう
  西に沈む夕やけ夜の長さをたえしのべ
  ひととき南の風にあたってひたむきな力をたくわえろ
  そうさ夢を明日につなげ

※プー カングァンの歌より。1982年4月30日~5月6日作

5月9日 歌の旅Ⅵ

長く歌の旅の修行を続けると、ラッキーなこともたまにあり、大いに歌の旅がリッチになる時がある。仲良くなった北大生からテントをしばらく借りることができた(仲良くなると言ってもその時だけなのだが。そう、その時のプーはとても風変わりなので、学生たちの旅行のシーズンになると好奇心で怖いもの見たさか、学生たちがプーに近寄って来て、仲良くしたがるのだ)。テントの生活はとにかく便利で快適で、寝心地も良く、夜中でもろうそく1本で作詞作曲が集中してできる。それに何と言ってもお金は一銭もかからない。防水性もあるので、少々の雨なんかへっちゃら。
しかしある日、とんでもない大雨に見舞われ、さすがのプーも困り果てる。テントの屋根の部分は二重にしているので雨漏りはどんなに強い雨でもへこむだけで全く大丈夫なのだが、地面の水かさが異常に増えるとさすがのテントも水に埋まる、という状態になり、テントの中の安全な場所が2時間、3時間と時間が経つうちに徐々に少なくなっていき、ギターとプーの生活用品、そしてプー自身が寄り添い、これ以上雨が降るとテントの中すべてが水びたしになるという状況に陥った。雨はものすごい勢いで止む気配もなく、もうこれで限界か!?大切なギターが荷物がそしてプー自身が水びたしになってしまうのか、と万策尽きて思わず天に向かい獣の如くウォーと強く吠えた(プーの野性が目覚めたのかしら?)。
するとどうだろう、あれだけの豪雨がピタッと止んでくれたのだ。やったー、奇跡だー、なんて喜ぶ余裕はなく、ギターや荷物が水びたしにならなかったことにとにかく安堵してテントの中の雨に濡れていない小さな場所でプーはひたすら小さくなりながら夜を明かす。 この時の経験のおかげで、旅を終え我が家で寝ていても、夜中強い雨に降られた時は、これはヤバい、水びたしになる、と一瞬焦ってしまう。すぐにここはちゃんと屋根のついている家なんだな、と思い返し、雨が降っても全く心配が無いということに逆に驚き、違和感があったことを、今思い出すプーでした。
プー カングァン

4月30日 歌の旅Ⅴ

20代の中頃、歌の旅にも慣れた頃、お金にはなるけど決まりや規則の多いスナックや 喫茶店、ライブハウスなどの店以外で自由に歌える場所はないかと悩み考えた結果 (その頃路上で歌っている人はいなかったと思う。僕自身も路上で歌えるということ を全く知らなかった。昔、新宿西口で全共闘の人たちが大勢で歌っていたということ は知っていたけれども)、路上で歌おうと本当にポッとひらめく。しかしひらめいた 後、そんなことをして警察が来ないかとか、ヤクザは大丈夫かなとか、道行く人は歌 う僕をバカにするのではないかとか、こんな突拍子も無い恥ずかしいことは親不孝で はないのかといろいろ思うと、体が熱くなり、頭がボーっとして、その日は眠れな かったと記憶している。
明くる朝目覚め、それでも自由に歌いたいという気持ちは非常に強く、ギターを持っ て歌えそうな場所を不安な気持ちでいっぱいになりながらあちこち何時間も探し歩 く。すると沖縄の本土復帰の記念碑の前が(この時僕は石垣島にいて、沖縄戦の勉強 をしていた)ちょうどいいと思い、そこに腰を下ろした。ギターを取り出すのに大い に時間がかかり、歌い出すのにも根性の無い僕は大いに時間がかかる。でも、ついに 勇気をふりしぼり、歌う。すると大空の下、大地のもとで歌うことはやはり言葉では 言い表せない感動。
だけど道行く人の僕に対するあざけりや嘲笑、しかも僕自身も強い恥を感じていたの で、とても苦しく、歌いながら何度も逃げ出したい気持ちになるが、路上で歌う常識 を超えた(今路上で歌うことは常識の範疇だが、その当時、路上で歌うことはかなり 異常だったと思う。そういう意味では異常と正常の違いなんて誰が定義づけできるの でしょうかね・・・?)魅力に目覚め、一日目から数時間も歌い続けることができ た。
僕の歌にカンパをしてくれた人もいて、そのお金でごはんを食べた時は嬉しいやら不 思議な気持ちになるやらで、何ともおかしな気持ちのプーでした。明日も路上で歌え るか・・・?うーん、わからない。でも歌いたい。その当時の僕にとって路上で歌う ことはそれほど勇気とパワーが必要なことでした。
結局、20代から約10年以上路上で歌い続けたプーは、路上が、日本が、人々が変わりゆ く様を見て、もう路上は僕が必要でないと理解して引退。それがちょうど30代の中頃 過ぎ。その時、50になったらまた路上に出ようとフッと思ったのだが、今50になって 偶然に路上に出始めている。プーも年をとり世の中もすっかり変わり果ててしまった が、でも変わらないものもあると信じながら、今路上で歌っているプーです。
プー カングァン

4月22日 歌の旅Ⅳ

旅の話をもう一つ。前にも書いたけど、とにかく寝る場所を決めるのは至難の業で、 ドンピシャに寝れる場所はなく、ここならまあいいかと思える所に行き当たるまでか なりの時間を有してしまう。その夜もどこで寝ようかと懸命にブラブラと寝る場所を 探していると、地元の柄の悪そうな集団に出会う。プーの格好はギター1台と大きな 大きなバッグ。そして服装といえばスウェットの上下。見るからに風呂に行ってない という感じ。
からかわれたりするのは嫌だなと思いながら、彼らの集団の中を安全に素通り。ホッ と胸を撫で下ろし、気づくと小さな山にたどり着く。よし、今日はこの山で寝よう、 と思ったのだが、何と今度は野犬の群れに接触。人間の恐さとは全く別物の恐さ。一 瞬にして血の気が引いて、慌てて静かにその場を立ち去る。
次にたどり着いたのは丘の上にある公園。セメントのベンチに寝袋を敷いてバッグと ギターはベンチの横に置き、寝袋につつまれ寒さに何度も目が覚めながら熟睡する。 気づくと「起きなさい」とプーを呼ぶ声。何事かなと寝袋を出ると、警察官がいろい ろと声高に尋問してくるではないか。プーはあまり答えたくないので、やはり声高に 相対する。警察官はプーが怪しい人間ではないなとわかると急に優しくなり、「実は 昨夜、君の寝ているすぐ近くのトイレでケンカがあり、流血騒ぎが起こり、大変だっ た」とのこと。「君はその近くに寝ていたので尋問した」とのこと。何事なく無事で 良かった、と警察官は安心したように言うので、プーも優しく「ありがとう」と言う と、警察官は立ち去って行った。
うーん、寝る場所を確保するのはほとほと難しいものだと再認識したプーでした。
プー カングァン

4月2日 歌の旅Ⅲ

引き続き青函連絡船の話をもう一つ。とても快適な眠りをむさぼっていたプーでした が、ある時悪夢のような出来事が起こりました。
長椅子の下にギターとバッグを置いてその上に寝袋で寝ていたのですが、ある日、周 り のざわついた声に目が覚めて、これは何だろうと大いに驚き、身構え、寝袋のファス ナーを開けて飛び出そうとしたのですが、ハタとそのざわめきが何たるかに気づき、 寝袋の中でじっとすることに決めた。
それは何と修学旅行の女生徒たちであったのだ。おそらく女子高生の一団に間違いな い。眠りからハッキリと目覚めた頃にはプーの寝袋の周りにそれは恐ろしいまでの人 数がおしあいへしあいしていることが判明する。とにかく彼女たちが北海道へ発つま での間、じっとしておこうと自分に言い聞かせ、できるだけプーはピクリとも動かな いようにして息を潜める。しかしいくら待っても彼女たちの動く気配はない。すると 話し声や話す内容もハッキリ聞こえてくるではないか。「この寝袋、誰か入ってるの ?」とか「生きているのかしら?」とか、おかしな会話も聞こえて来る。ヤバい、と にかくじっとしよう、そうこうしているうちにプーは絶体絶命の状況に追い込まれ る。何と尿意を催してきたのだ。最初はゆるく、しかし時間とともに波を描いてきつ く、用を足したくなってくる。そしてしまいには膀胱がみるみるうちにパンパンに 張ってきた。そんなことも知らずに女子高生たちはプーの頭スレスレの場所や、もう とにかくプーの寝袋に接触して来るではないか。ああどうすれば、このままでは垂 れ流しだ。一生の不覚を負ってしまう。一分一秒が永遠の長さに感じる。あー、人間 の我慢には限界があるのだろう。女子高生たちの前に絶対にどんなことがあっても姿 を現したくなかったプーだが、ええーい、ままよ、と寝袋のファスナーを開け、飛び 出すと、女子高生たちの悲鳴が広い青函連絡船の待合所に轟き渡る。プーはその女子 高生たちの想像した以上の人数に驚きながらも、トイレに一目散に脇目も振らず走り 去るというお粗末さ。今では笑い話なのだが、その時のプーは命がけでした(笑)。
あー、恥ずかしかった。
P.S.その当時の女子高生たちの中には、もしかしたら今もフッとあの日の出来事を思い出す人もいるか もしれませんね。素敵なお母さんになって、すでに女子高生くらいの娘さんがいるん だろうな・・・。
プー カングァン

4月2日 歌の旅Ⅱ

歌の旅の話をもう一つ。今はもう無いのですが、青函連絡船という、その頃本州と北海道を つなぐ航路として活躍していた船があり、僕は青森県側の待合室でしばらく住ん でいました。寝るのに適した長椅子がたくさん並んでいて、夜中一度のガードマン の巡回時間さえ気をつければ僕は全く自由に安眠をむさぼることができたのです。
しかも青函連絡船に入場料さえ払えば北海道には行けないけども乗船だけは可能なの で、船に乗りシャワーを浴びることもできて、僕にとっては最高の居住空間?でし た。
その頃お金の無い僕にとっては寝る場所は最大の難問で、お金がいらなくて安全でな おかつ快適な場所というのは皆無に近いくらい無いので、この待合室はそういう意味 でも最高の場所でした。
今は無い青函連絡船。こんな利用の仕方をして少し申し訳ない気はするのですが、 プーの貧乏な歌の旅を支えてくれた青函連絡船及び関係者の方々に深くお詫びととも に感謝の言葉を―どうもありがとうございました―時を超えて。
プー カングァン

3月28日 Walk along together

Walk along together

1.
今も きこえる あなたの やさしい声が
別れの その時から 長い年月 消えても
人は なぜ この世を 通りすぎてゆく
なきがらの もとでは 祈りは 全く 届かない
生まれる生命 死にゆく生命
人は一人だから だきしめあおう
Walk along together 君と共に
Walk along together 悲しみ こえて

2.
夢が 覚めると あなたは どこにも いない
いく度 呼んでも 叫んでも あの姿は 帰らない
深いさびしさ 体を つらぬく つらい日々
今もよみがえる あなたの やさしい ほほえみが
生まれる生命 死にゆく生命
人は 一人だから だきしめあおう
Walk along together 君と共に
Walk along together 悲しみ こえて

父がこの世を去って、はや6年の年月が流れました。僕は子どもの頃、お化けのよう な類のものよりも、父がこの世を去る、母がこの世を去る、ということに対してものす ごく恐怖があり、幾度呼んでも幾度叫んでも死んだ人は僕の目の前に現れないという 現実が幼い僕にとっては言い様の知れないブラックホールであり、そのことでずいぶ ん泣いた記憶がある。
父の死がが現実に6年前に起こり、その後の僕の人生はまさに子どもの頃からの恐怖 を実体験している6年間なのです。愛する人が亡くなるということは6年経った今でも 僕にはまだわかりません。言葉では言い尽くせない思いが僕の胸をかきむしります。 こんなに辛いのならいっそ生まれてこなければ良かったと何度思ったことでしょう。 ただ一つの救いは、自分もやがてそう遠くない将来にこの世を去れるということで しょうか。
人がこの世を去るということに対してあらゆる慰めの言葉や哲学や文化や宗教があるけど、 僕はやはりいまだにとても悲しい。だからこそ、この世を去った父に、Walk along together 君と共に Walk along together 悲しみこえて、と歌わずにはいられな いのです。
プー カングァン

2月28日 さあ飛び立つのだ

さあ飛び立つのだ

1.
果てしなく広がる青い空へ
旅立ちの季節が鳥達よ歌え
荒れ狂う未来へもう行かなくては
住みなれた時代にさあ別れつげて
恐れる心かたすみにおき
その手に勇気の言葉をもって
眠れる力よびさませ今
お前の輝く瞳をもって
たとえ倒れてもさあ飛び立つのだ

2.
風ふけよ海原波よ語れ
旅人よ生命の消える日まで
ふるさとの父母愛する君よ
別れのその時が今おとずれた
恐れる心かたすみにおき
その手に勇気の言葉をもって
眠れる力よびさませ今
お前の輝く瞳をもって
翼あざやかにさあ飛び立つのだ
ラララ

1983年頃に作った歌で当時20代後半、数年間の歌の旅を経ていろんな意味で自分の目標とした成果が見えず焦りに焦っていた。やはり自分には歌なんて作れないし歌えない、それに自分にまつわる多くの人間関係やしがらみ等々からの自立や、自分の心からの旅立ちもできず、悶々とした日々の中で自分を鼓舞するために作った歌。とにかく自分の目指すメッセージソングは、あらゆる自分との別れなくしては、到底歌えるものではないという気持ちから、別れ=旅立ち=さあ飛び立つのだ、という歌ができたのだ。
しかし、プーは未だに何かにしがみついていて、この歌ができてから20年経った今でも旅立ちはできていない気がする。ただ、思いは強く、今も自分との真の別れ、そして真の旅立ちを夢見て、自分と葛藤し続けているプーでした。いつか、いつか必ず、さあ飛び立つのだ!
プー カングァン

1月21日 歌の旅Ⅰ

若い頃、日本を歌の旅をしていた頃の話を一つ。
お金が無いので、汚い話だが長い間風呂にも入らず、洗濯は駅の洗面所で洗濯して、長時間移動する時はプーは電車の長椅子に寝袋を敷き、すっぽり入り熟睡し、洗いたてのパンツや靴下などギターケースの上に干したり手すりに干したりして、普通に、本当に普通に何の恥じらいも無く、車内のみなさんの迷惑になるにもかかわらず、そんな生活を送っていた時がありました。
このことは最近フッと思い出して苦笑いをした次第なのだが、そう言えばあの頃の旅のエピソードはけっこう思い出せばいろんなことがあったなと気付き、これから少しずつ思い出して、このひとりごとに書いていこうと思うので、みなさん期待していて下さいね!
プー カングァン

1月4日 たけひろー!

1月4日朝7時ジャスト、たけひろー!と呼ぶ声に起こされる(プーの通名は森山たけ ひろ)。それはとてもはっきりとした声で、僕はハタと飛び起き、呼んだ人をけんめいに 探したほど。でも、周りに人はいるわけもなく、何か胸騒ぎもしたのだが、どうもそ ういう感じでもなく、時間と共に恐怖心もやわらぎ、ただの夢かなと思ったりするの だが、懐かしい響きの「たけひろ」という呼ばれ方はノスタルジックな感じもして、今と なっては愛さえも感じてうれしいひとときになる。
おさない頃より、通名でたけひろーとか、たけちゃんとか、たけひろちゃんとか、ひろくん と、父や母や兄弟、いとこや友達みんなから呼ばれていた事を思い出させてくれ た。例え本名でなくても、それは僕の原風景で、とても大切なひとこま。今 プーさんと呼ばれるようになって、ついぞ忘れて気にしていなかった、「たけひろ」、 という呼ばれ方。今、その名前に心よりなつかしむプーがいます!
プー カングァン
P.S.今度のライブで誰か、たけひろー!と呼んでみては?

1月4日 1月1日

一年の計は元旦にありと人は言い、1月1日をそれはそれはとても大事にして、この日 ばかりはニコニコと腹を立てずに気持ち良く正しく生きて、最良の日にしようと努力 する人が多いのですが、欲張りなプーは、これからの人生、この1月1日の素晴らしい姿 勢で365日を生きて行きたいなとひそかに思うのです。
1月1日が一年で365日あると思ってみて下さい。何やら華やいだ気持ちになりません か?
プー カングァン

----2004年----

12月30日 葉っぱの生命(いのち)

ひとひら ふたひら ゆらゆらと
みとひら よとひら ひらひらと

消えてはかない葉っぱの生命(いのち)
せめてこの世にあらわれたならば
光の中に身をさらしたい
一陣の風はどこから吹くの
私はどうしたのか この運命(さだめ)に
全てを託して 記憶と共に星空の果てに
ものすごいスピードで飛んでゆくのです

ひとひら ふたひら ゆらゆらと
みとひら よとひら ひらひらと

12月30日 青い空と白い雲

子どもの頃見ていた広い広い何とも言えない美しい青い空と白い雲は、今、50になっ た僕の目には記憶でしか残っていない。汚れ放題の東京の空は、すっぽりとガスに包 まれていて、今の子どもたちにとっての空と、昔の子どもたちにとっての空は全く別 ものと言ってもいい。
昔、僕は空を見ているだけで広い気持ちになり、勇気がもらえた。辛いこと、悲しい こと、惨めなこと、そんな気持ちをいつも空は吹き飛ばしてくれた。本当に言葉では 言えない素晴らしい青い空と白い雲だった。
それが今の空は病んでいて、傷ついていて、何か僕に助けを求めているかのようでも ある。幼い頃から今までいつも空を眺めていた僕には、空が泣いているように見え る。空が怒っているようにも見える。空よ、僕たち人間はどんな理屈をつけても、ど んなに正当化したとしても、君にした行為は許してもらえることではない。青い空と 白い雲よ、本当にごめんね。僕たち人間の罪は重い。いつかその罪は僕たち人間に 返って来ることでしょう。
プー カングァン

12月29日 ラブ and ピース

ラブ and ピース 叫び続けても
ラブ and ピース いつも届かない
ラブ and ピース 多くの人たちの
ラブ and ピース 涙は拭えない

例えば君が暴力を加えられれば
恐怖におののき、その運命(さだめ)を呪うことだろう
そのようなことが今、世界のあらゆるところで行なわれている
そのことを知れば、君はきっと何かしなければと気づくはずだ

ラブ and ピース 動きだそう
ラブ and ピース 自分のハートを信じて
ラブ and ピース 大切なことは一つ
ラブ and ピース それは母からの贈り物

p.s. もしかしたらこの詩を歌にするかもしれません。みなさん楽しみにしていて下 さい。
プー カングァン

12月21日 イメージ

不思議なもので、幼い頃、あれだけ汚く卑しく恥ずかしく聞こえた韓国語が、今では すっかりきれいな言葉に聞こえて、最近真剣に韓国語(プーにとっては母国語)をマ スターしたいと思うプーです。
考えてみれば、差別されても仕方がないと思っていた頃のプーにとっては、韓国語は マイナスのイメージしかなく、今は人間は平等であるという確信から、韓国語がプラ スのイメージに変わるのはごく自然なことで、むしろこの変化に何十年もの月日が費 やされたということの方があまりにも不自然でおかしく、情けない気がします。
このことからも、人のイメージって180度変わることは常にあるのだなと苦々しく感 じるプーです。だからこそ、為政者や企業家たちは、中身よりも外側のイメージ作り に奔走するのだが、それに簡単に乗っかってしまうプーやみんなは言葉にできないほ ど危うい感性で生きているのだなと痛感します。
これからは残りの大切な人生を、できるだけ正しいイメージの元に歩いていきたいと 思うプーでした。うーん、だけど難しいだろうなあ・・・。
プー カングァン

12月18日 僕のクリスマス

僕は金銭的に貧しく生まれ育ち、差別ゆえに自分は卑しいという心で、様々な体験をしてきました。今日はあまり嬉しくない思い出の中から、季節柄、クリスマスの思い出を一つ書くことにしましょう。
今では記憶が薄れていて、実際にあったことなのか、僕が読んだ絵本の話なのか定かではないのですが、近所のおうちの窓ガラス越しに明るくあたたかい、我が家とは全く違う幸せそうな家族がクリスマスを祝っている姿を見ていました。
いつも他の家とは違うのだからとあきらめている僕なのですが、何か周りで華やいだことがあるとその違いに打ちのめされてしまう、そんなプー少年でした。わけもわからず、ただただそのおうちの華やかさにうらやましさと我が家の現状とのあまりの開きに、冷たい風の中、立ちすくんでいました・・・。
僕のクリスマスはそこらへんから始まっていて、その出来事の記憶は薄らいでいるのに、50歳になった今も胸が痛んでしまう、そんなクリスマスなのです!
プー カングァン

12月14日 プーにとっての在日韓国人

昔からよくプーさんにとって在日とはどういう意味をなすものなのですか、という主 旨の質問をよくされてきましたが、この質問に対しては一言では語れず、またプーの 年齢によって考え方の違いもあって、答えに困ってしまうのですが、やはり今もプー にとっての在日は答えられず、むむむとなるのだが、昨夜、夢うつつの中でひらめい た在日を、この「ひとりごと」を借りて発表します。
それは、「桜の木にキムチが咲いている」、この短い言葉が今のプーにとっての在日 を表していると思います。あくまでも私一人の個人的な思いであって、厳密に言えば 一人一人在日の捉え方は違うのであって、プーの今のこの捉え方があってもいいので はという気がします。
みなさん、桜の木にキムチが咲いている様子を一度想像して、プーの在日の想いと重 ね合わせてみてはいかがでしょうか?
プー カングァン

12月10日 自然破壊は自分破壊

自然破壊と書いて、自分破壊と解く、その心は人間も自然の一部だから何とも簡単な 話だが、自然破壊が自分破壊と具体的に思っている人は案外この世の中には少ない気 がする。為政者や企業家たちに振り回されて、自然はまるで人間の為にあるだけの存 在で、心をなごませる為に鑑賞したり、余暇を利用して自然を満喫したりする程度の ものとでしか理解していない気がする。勘違いも甚だしい。人間も自然から生まれ、 自然と共に死んで行くのだ。つまり、自然は人間にとって外側ではなく、一心同体な のである。このままの状態で果たして人間があと何年生きて行けるのか、考えるだけ でゾッとする。
みんなも気付いているのだが、何ともしがたい状態で日々を、目の前のことに追われ ながら生きているというのが実情。人間が生きていける条件というのは、本当に狭 い。例えば、少しの温度の上昇でも、人間は生きていけない。ある意味では弱い弱い 生き物なのである。人間はまことに見事なバランスのもとで自然から愛されている。
そんな人間が、自然を破壊して行けばおのずから人間破壊、自分破壊になるのは自明 の理。今なら間に合うかもしれない。
プー カングァン

目を覚ませ

このおおいなる自然の恵みにはぐくまれ生きてきた
その私達がおかしてはいけない重たい罪を重ねてる
ただ目の前のちっぽけなおのれの欲望のために
人の魂売りとばし母なる地球をこわしてく
青くすんだ大空も心ない人によごされ
都会の子供が描く空は今では灰色にかかれてる
今なら間にあうかも知れない今なら今ならまだ
目を覚ませ私達の愛の心よ

魚や鳥やけものたちや小さな虫たちも
自然の愛に守られた私達の大切な友達
なのに彼らが住んでる森や川や海や山を
人間達はわが身勝手に必要以上によごし消し去る
私達は殺戮と略奪をくり返し
このおおいなる自然の仲間を道づれにどこへ行く
今なら間にあうかも知れない今なら今ならまだ
目を覚ませ私達の愛の心よ

※プー カングァンの歌より。1981年10月24日~1987年4月16日作

12月8日 猿の壺はプーの壺

寓話にある猿の壺の話、壺に入ったピーナツを取ろうと手いっぱいに握り締めたために、壺から手が抜けなくなってしまった話があるが、僕もこの猿と同じように手をギュッと握り締めて、おかげで壺から手が出なくなり、パニクッた状態で何年も生きているという実感があります。
緊張、恐怖、不安など、これらのマイナスのイメージを取り除くことによっ て、おのずから握り締めた手から力が抜ければ、スーッと壺も抜けて自由になるのだが、如何せん、これがとても難しい。
生きている間は到底無理かもしれないという気持ちもあるが、全てのマイナスイメージから生まれる力を抜いて自由になった僕の歌をみんなに聴いてもらいたい。それが僕が今まで歌いたいと望んできた歌なのです。近い将来、今までのプーとはサヨナラします。
プー カングァン

12月1日 母の道

我が家のすぐ近くにとてもきれいな遊歩道があり、四季折々にその姿は見事に変わり、私たちを楽しませてくれるのです。大阪に住んでいる私の母はその遊歩道がとても気に入り、東京に遊びに来ると毎日散歩しては本当にいい所だと喜んでいます。
ある日、私と二人その遊歩道を散歩していた時、母が急に私に言いました。「死ぬ時、この道を歩くように逝きたい」と・・・。私は大きな病を持つ母に、いつもならば「何弱気なこと言ってるんだよ」と言うのですが、この時ばかりは母の言葉に不思議なほど心が重なり、瞬間に想像した光景のあまりの美しさに、母の願いを叶えてあげたいと、思わず「そうだね」と言っていました。
母が大阪に帰った後、私はこの道を「母の道」と名付け、散歩したりランニングしたりしている今日この頃です。
プー カングァン

11月27日 六本木ライブを終えて

ライブ当日は開演を遅らせたにもかかわらず、僕のミスでその旨アナウンスをしな かったこと、この場を借りて謝らせていただきます。ごめんなさ い。でも、全体的にはその後のお客さんに対するリサーチによると、大体喜んでいた だけたみたいで、ホッと胸をなでおろしているプーです!
六本木ライブの余韻にひたる暇もなく来月11日(土)のホットショットライブ、今度 は何を歌おうかと今、思案を巡らせているところで、何かこの歌をぜひ歌ってほしい なという希望があれば、ぜひ掲示板に書き込みして下さい。
プーの歌の人生はこれからどこへ行くのかわかりませんが、ただ一つわかっているこ とは、プーのファンの人たちと共に歩んで行くんだな、ということは強く強く確信し ています。
ひどく荒れた世の中だけど、後退しながらも一歩でも二歩でも手をつなぎながら、み んなで歩いて行きましょう。
プー カングァン

鳥のように

鳥のように 大空を 飛んでみたい
鳥のように 自由に 国を越えてみたい

人は皆同じ命 人は皆同じ笑顔
共に抱き合い 共に歩きたい
行こう手をつなぎ どこまでも いつまでも

人は皆同じ心 人は皆同じ涙
共に助け合い 共に作りたい
行こう手をつなぎ どこまでも いつまでも 夢は友と語り 生きること

鳥のように 大空を 飛んでみたい
鳥のように 自由に 国を越えてみたい

※六本木ライブでラストに歌った歌です。

11月24日 物

物があふれ過ぎていてるためにみんながあまりにも物を大事にしないことに憂いてい る今日この頃です。物にも魂があり心があると幼少期の頃から教わり、実際にそう感 じてきたプーにとって、今の私達の物に対する姿勢は、物は物でしかないというよう な冷たい感じがしてならないのです。もちろん全ての人がそうではないのですが、 年々、物に対する姿勢が冷たくなっているように思われます。
毎日履き慣れた靴やよく袖を通す背広、そして30年近く弾いているプー愛用のギター など、物というより兄弟のような親友のような感じさえします。小さなみやげ品さえ もいつも心を和ませてくれて、さみしい時に、さみしくないよ、僕がいるよ、って 言ってくれてる気さえします。
一つ一つの物を心から大切にすれば、人の人生もより豊かになっていくのではない でしょうか。にもかかわらず、あまりにも簡単にみんな、物が手に入り過ぎて(手に 入るということはとてもいいことだとは思うのですが)、どこか麻痺してしまったの でしょう。こう書いている僕でさえも知らず知らずのうちに物に対する優しさや愛情 が昔と比べれば遥かに疎くなってきていると思います。今日この僕のひとりごとを読 んだ人はどうでしょう。寝る前に部屋の中にある物に対して、一つでも二つでもいい から、ありがとうと心で言ってもいいし、言葉で言ってもいいし、日頃、物が頑張って 自分のために働いてくれていることに対して感謝の気持ちを表してみてはどうでしょうか。
プー カングァン

11月8日 新潟県中越地震について

新潟長岡には僕の友人達がいて、災害があるとどこか他人事のような感じがしてしま うプーなのですが、さすがに今回は大いにショックを感じているプーです。
やはりこういう時、真っ先に僕が心配するのはトイレの設備です。なぜならプー家は 幼い頃お金が無く、防空壕跡で暮らしていたのですが、ちゃんとしたトイレが無く、 穴に板を乗せた簡易トイレで、怖がりの僕はトイレに行けず必死に我慢をして、その 為に腹痛をいつも繰り返していたという記憶があるので、真っ先にトイレの設備を心 配してしまうのです。
事実、被災者の皆さんがトイレで困っているという話を聞き、胸が痛みます。トイレ どころじゃないだろう、と言われる方もたくさんいらっしゃると思いますが、僕の幼 い頃の記憶からすると、トイレはとても大切に思われて仕方ないのです。
あらゆる意味で今、大変な思いをされている皆さんにプーは何もできずジレンマです が、このプーにできることを少しでも探して、実践していきたいと思っています。
プーカングァン

10月20日 自分自身は本当に見えない!

自分が相手に与えているイメージと、相手が自分に感じているイメージは、実は大き な大きな本当に大きな差があるということを生まれて初めてほんのちょっと米粒より もまだ小さいのかもしれないが、ほんのほんのほんのちょっとだけ気づいた気がす る。
いや、自分だけでは永遠に気づくことはできないのだから、気づかされた気がす るという方が正しい。
50歳にもなっていろんな経験をしてきたつもりだったのに、今 更こんなことすらも全く気づいてこなかったなんて、プーは全くどうしようもないの かも・・・。
でも、時のある限り歌って歌って歌いまくるぞー!!
プー カングァン

10月1日 死ぬ時はステージの上で死にたい

僕くらいの年になると生きてる人よりもこの世を去った人たちや命たちに少しずつ身 近に感じるようになるのかもしれません。90%以上の人が病院で死んでゆく現実を見 ると、僕はやっぱりどうしても病院では死にたくないな、という思いが当たり前のよ うに心の中からわき上がってきて、ならば天職の(天職だと思いたいという願いもあ る)歌、つまり作詞作曲の活動中よりも、やっぱりみんなとのコミュニケーションの 中で息を引き取りたいなと思えば、流れ的にライブ中のステージ上で歌を歌っている 最中にこの世を去るしかないなと思いました。
ゆえに、僕のこの世の中での最後の究極の願いは、温かいファンの前で歌を歌いなが ら息を引き取るという形が、最高の僕の死に際だと考えているのであります。
ほんと、そうなったら最高にプーは幸せだぜ・・・!!!
プー カングァン

9月13日 年をとるってどういうことだろう

50歳になって、初めて年を感じています。昔、大学生の頃、年をとるってどういうことだろう、という歌を作りましたが、 昔の若い頃のプーに今のプーがこういうことだよ、と肩を叩きながら教えてあげたい気がします。
年をとるって一言では語れないけど、無理やり言うと年をとるって・・・うーん、やっぱり一言で言えないや。
『中年賛歌』の歌を聴いてもらえれば少しプーの年をとるっての答えがみなさんにわかってもらえるかも。
プー カングァン

8月27日 成さずに尻込みするは悪しき癖なり

読んで字の如く、何か行動する前から結局ダメだろう、やっぱり止めようなんて思っ て行動しないってことだけど、振り返ると僕の人生はほとんどこれだったなあ。
今、晩年にさしかかり(ちょっと早いかな)、これからはできるだけ尻込みしながらでも 成しちゃおっと!!!
プー カングァン

8月25日 タイムスリップ

最近、経費削減のため、スポーツセンターのスイミングスクールを断念して遊歩道を 約5kmランニングしています。高校時代、全く活躍はしなかったのですが陸上部で 走っていたので、あの頃を思い出しながら走っていると、見事にタイムスリップして 10代に戻る瞬間があり、一人で照れたりしています。
歌もタイムスリップだらけなので、物理的には年取ったプーだけど、僕の中にいろん な年齢があり、今ではどの年齢がこの僕に適しているのかわからなくなってきた今日 この頃のプー カングァンです。

8月22日 お久しぶりです

本当に久々に自分のホームページにコラムを書きます。
随分サボってしまって本当に申し訳ない。
何か訳ありで書かなかったのではなくて、ただただ単純にサボってしまいました。
プーの書くものなんて誰も見ちゃくれないだろうと思ってサボっていたのですが、楽 しみにしているというファンの人たちの声をチラチラと聞いたので、「ああ、俺のコ ラムを楽しみにしている人も少なからずいるんだ」と思い、とても嬉しくなって、こ れからはマメに書いていこうと本気で思っていますので、みなさんよろしくね。
プー カングァン

----2003年----

1月10日 新年を迎えて

新年を迎えて何も言うことなし。ただただ いざ生きめやも。ただただ いざ前を向くだけ。ただただ 心は負けても体は歌を歌う。 みんな今年もよろしく。共に生きていきましょう。共に一歩でも充実した人生を歩いていきましょう。
プー カングァン

----2002年----

11月30日 地球環境破壊について

この前テレビで見たのだが、僕の好きな南太平洋の島々が水没してしまう危機に今まさに直面している。
将来一度は行ってみたいと思っていたモルディブもすでに危険な状態にあると言うし、ツバル国という小さな島はこの5年間で50メートル砂浜が無くなったとのこと。もうこの状態は経済がどうのこうのという以前の極めて深刻な人類生存の大問題である。
しかし、近代国家の経済は止まるという論理が無いので、まさに人類全体が滅亡への道をまっしぐらに突き進んでいるということに他ならない。南極の氷が全て溶ければ、今の水域が50~60メートル高くなるという。それは近代の文明国家が海抜10~15メートルに集中しているということから考えれば、世界中の全ての都市は完全に埋没してしまうということである。急速な温暖化によってそれはもう近い将来であるということは周知の事実である。しかもその状態で、最近の台風がこれから更にひどくなることを考えれば、それはとてつもない津波が予想され人類の生存できる場所はごくごく限られた地域にしかないという結果が出ているとのこと。
ああもう考えただけで頭がクラクラする。みんなこのような状態に鈍感になっているし、この僕も鈍感にならなければ生きていけない。本当にどうすればいいのだろう。ただ手をこまねいて待つだけなのか。
せめてこの僕にできる事は、歌を通じて環境破壊の最たる戦争を反対し、経済のために環境破壊している現状を糾弾していくしかない。結果は同じであっても、メッセージを発していかなければならない…。自分自身もこの構造の中にどっぷりつかっているという矛盾を持ちながらも!
プー カングァン

11月21日 おやつ

最近よくおやつをします。おやつの内容はコーヒーとパン、コーヒーとお菓子、コーヒーと柿、コーヒーとヨーグルト、コーヒーとケーキ、コーヒーとトースト、コーヒーとエトセトラ…。とにかく僕はコーヒーが好きで、のんびりとコーヒーとエトセトラすることが僕の至福の時間です。なぜこのおやつが僕の至福の時間になるのか、考えてみるに、幼い頃僕の周りの友達にはおやつタイムのある人がいるのですが、僕はおやつタイムを経験したことが全くなくて、おやつというのは非常にいいものだと憧れていた思いが今一気に爆発して、噴出して、ビックバン的におやつしたい衝動にかられているのかなあ、なんて思っちゃったりもしますけど、でも実際はただただ単純に食い意地が張っているので、その時間帯に欲求不満のはけ口に飲み荒らし食い荒らしているのかもわかりません。とにかくこのおやつタイムのおかげで僕はこのへんてこりんな僕を少し平静に保たせていることにまちがいはないと思います。
ああ、甘美なおやつよ、ああ至福なおやつタイムよ…。
でもこんなことやっているようではきっと僕はだめなんだろうな
プー カングァン

11月8日 闇の中で、闇の底で

昔から僕は死と病気を非常に怖がっていた。物心ついた3歳くらいの頃、お化けよりも病気が怖くて、死ぬことが怖くて、というよりも父が死ぬことがとても怖くて、そののちにお化けが怖くなったという性癖を持っていた。毎日毎日父が病気で死ぬんじゃないかと、そのことが不安で心配で悲しくて、いつもいつも泣いていた。父と母が見かねて「どうして泣いているの?」と聞くのだが、父が死ぬことが辛すぎるから、なんてことは子供心に口が裂けても言えなかった。暗い闇の底でお父さんお父さんお父さんと何度叫んでもお父さんはどこにもいなくて返事もなくて、この小さな僕を抱きしめてもくれない。お父さんの髪の毛すら触れることもできない。そんな想像の中で、僕は幼い頃毎日を過ごした。その闇は48歳になった今も、父がすでに他界した今も、変わりなく際限なく続いている。
きっと僕は死んでも闇の中で、闇の底で、叫びつづけているのかもしれない。
プー カングァン

11月1日 プーの病気の近況報告です

3年半前に腸のヘルニアの手術を二箇所したのだが、よほどその手術が悪かったのだろう、すぐに一箇所が再発し、他の一箇所も調子が悪く、おかしいと思い同病院に尋ねても「異常なし。再発はなし。」となしのつぶて。歌うことにおおいに支障があったがただただ忍耐しごまかしていたのだが、勇気を奮い起こし(ぼくは自分で言うのもなんだが、本当に根性も勇気もない)縁のある病院に(この縁のことについては今回は割愛します)おもむくと「誰が診ても再発。すぐに手術しましょう。」とのこと。一回目の病院に対する怒り、裏切られた気持ちなどなど…。とにかくその先生の言葉を信じオペ。結果、前回とは違った素晴らしい処置をしてもらう。手術室にてまさにオペが終わった後、先生から「どうでしたか」と聞かれ、「天国と地獄を経験しました。前回は地獄で今回は天国でした。」と親指を立てる。しかし、いくら今回の処置が良かったと言っても前回が悪かった為、完全ではないとのこと。しかも、調子の悪いもう一箇所が残っているし,一時はこの程度のことで落ち込んで日々を過ごしたこともあったけれど、今は何とかファンのみんなの温かい想いにふれ、一からやり直す覚悟になりました。世の中にはたくさんのつらい人達がいるというのにぼくは本当にこの程度で落ち込んでしまうという情けない性癖を持っているが、これからもどうぞ皆さんプーを見捨てずによろしく。
病気中、つくった歌が何曲かあるので次回のライブでは披露したいと思います。皆さんこんなプーを心配してくれて本当にどうもありがとう。
プー カングァン

10月20日 10/26 荒川区でのコンサートによせて

混沌とした暗い時代の中で何かを求め、23歳の夏、歌の旅を始めて早25年の年月が流れ、今日ここで愛の歌、平和の歌を歌います。
時の流れの速さに僕自身の努力がついて行けず、後悔の多い歌の人生ですが、優しかった人達、様々な土地での青い空、白い雲、木々や雑草、時のしらべ、美しい海との出会いが僕の心にいつも在って、そのことが歌うことの力になっています。素敵な出会いを求めてこれからも歌える限り歌い続けて行きます。
皆さんとの出会いもまた、僕の力になり思い出になることでしょう。
出会いのきっかけを作って下さった有の会の方々、今日来て下さった方々に心より感謝致します。
プー カングァン
P.S. この文は、10月26日(土)荒川区で行われる「プーさんと語ろう!愛・平和・人権 プー カングァン コンサート」の主催者からコメントがほしいとのことで依頼を受け、書いたものです。

9月20日 48回目の秋

季節が流れて48回目の秋。東京の空はとても汚れているけれども僕の目には幼いころ見た東京の空と同じように今見ています。
青空はどこまでも青く、白い雲はどこまでも白い。無宗教なプーだけど様々なものをつくった何ものかに感謝したいとも思います。
これからどういう人生を歩んでいくのか全く分からないけれども、自分が歩んできた48年をしっかりと見据えて、今を、これからを、生きたいと思っています。たまにはタバコを吸って煙をふかしながら・・・。
プー カングァン

8月30日 9月2日に手術の日が決まりました

どんな簡単な手術でも危険は付きまとうけども、僕の場合再発なので、ちょっと危険度は増しているとのこと。失敗したりまた再発を繰り返すことがあれば、今これほど期待されているのに本当にみんなに申し訳ないと思う。何とか手術を成功させて復活の日を心から望んでいるプーです。今まで以上の熱い歌をみんなにもう一度聴いてほしい。今こそみんなに歌いたい。そのことだけが今の僕の心の中に溢れています。みんな必ず復活するので待っていてくださいね。歌う幸せをこの歳になり強く実感しているプーの手術前の心境です。手術前の言葉のラストにこの一言を、みんなどうもありがとう。そしてこれからもよろしく。
プー カングァン

8月23日 HOTSHOTステージを終えて

HOTSHOTステージを終えて気弱な俺はこれが歌の生活ラストだと思いながら歌った。にもかかわらず自分の中では歌いきれてなくて、自分にもお客さんにもバンドのみんなにも非常に残念で申し訳なかった。この不完全な思いは術後回復し、復帰したときに爆発させたいと思う。今度こそ今度こそと生きてきた俺だが、本当に今度こそ50歳を前にして実現化させたいと思う。いや、しなければならない。自分の為にも、お客さんの為にも、みんなの為にも今度こそ…。今まで味わったことのないほどのおいしいお酒をみんなで飲みたい。
プー カングァン

7月26日 報告

 三年前に腸のヘルニアの手術をしたが、素人目にも再発しているなとニ年前から感じていた。執刀したK先生は絶対再発ではないと言い張っていたので、それを信じ、今まできた。しかしこの数年、自分的には非常に生活もしにくく、歌も歌いにくく、こんな小さなことだが落ち込んだ日々もずいぶん過ごして、つまらない時間を費やしてきた。
 やはり自分の息子もそうだったのだが、半年前某病院で、ただのおなか痛だと診断され、信じてそのままにしていたのだが、しまいには顔色が悪くなり、慌てて救急病院に連れていくと、「あと数時間遅かったら生命にかかわっていた」と言われ、緊急手術、ひどい腹膜炎を起こしていた。
 その時に執刀してくれたA先生がまさに息子の命の恩人。この先生なら、と思い三日前にヘルニアを見せに行くと、「外科医なら誰でもすぐ分かるはずなのにおかしい。完全に再発しています。」と言われ、すぐに手術と宣告される。
 腸のヘルニアの手術はとても簡単な手術なので、今度こそきれいに治して今まで以上の歌を歌いたいと思います。ただ切った後少しの時間休養が必要なので、少しの間だけ歌をお休みさせていただきます。たぶん手術日は9月のはじめになると思います。運が悪くなければ、何度も言うようだけれども、とても簡単な手術なのであっという間に終わります。くれぐれも皆さん心配しないように。

P.S. 手術とは言えないような手術なので、笑って手術台にあがってきます。 See you again.

7月12日 この頃

この頃、不思議と過去のことを思い出す。あれ、以前にもこのことについて書いたかな?・・・まあいいや。以前、書いたかもしれないけど、今とは違うんだし、少し一人言を書いてみよう。
とにかく、幼い頃から、今までのことを何度も何度も鮮やかに、まさに昨日のように、いや、さっきのような、いや、もっといえば今しがたのような、そんな現実感のある思い出し方をしている。ある時は恵比寿の普通の家に住めなかったので、防空壕の跡の狭い、暗い部屋で一家6人住んでいたことや、質素な貧しい食べ物を、親子兄弟仲良く食事したことや、銀行をやめて歌の旅に出た日のこと、などなど、本当にとめどもなく、まさに走馬灯のように思い出してしまうのである。
人間、過去を振り返るようになったらおしまいであるという言葉を聞くが、俺も、もうおしまいなのかな。いや、そんなわけはないだろう。きっと俺は今現在、そして明日のために思い出しているのだろう。つい今しがたのような40年前、30年前、そして20年前、10年前、1年前、ついさっき、そして今、その今もあっという間に過去に早変りするのだが、思いっきりサボりの人生を送ってきた俺もこの数年、心ある人たちとの出会いによって努力する人間になってきた。そのことが言いたくて長々と書いてしまったが、こんなくだらない一人言を聞いてくれて、どうもありがとう。

7月5日 腸のヘルニアについて

実を言うと、数年前に心労とショックと不安、悲しみのあまり、体のバランスを崩し、とても軽い病気ではあるが歌い手にとっては少々致命的な腸のヘルニアになってしまい、手術はとても短い時間で済んだのだが、後々の養生が面倒で、重たい物を持てなかったりして大変だった。しかも運の悪いことにほぼ再発してしまい(もう病院はたくさんで行きたくないから"ほぼ"という言葉を使った)、実は痛む時が多くあったりして、歌う時にはお腹を極度に使うので、歌いにくい時がとても多いのである。
また手術すればいいと思うのだが、再発の再発という可能性もあるし、術後、歌を歌えない期間がけっこう長いことが予想される。歌い手にとって歌の歌えない期間がひと月もふた月もあるのは致命的で、声を元に戻すのはかなりの時間を必要とするので、今非常に迷っている。このまま騙し騙し歌っていくか、何ヶ月間かの休養をとるか、う~ん、どちらの方法をとるか・・・。ただ一つの心配がある。これはめったにないのだが、まれに腸のヘルニアは死に至ることがあるという。まあそこまでは俺は運が悪くはないと思うので気にはしていない・・・。日々の歌う毎日に少々支障のあるこの体をもてあまし気味の俺だが、しかし俺はがんばる。歌い続ける。今日のこの内容はファンの人たちにはほぼ秘密にしているのだけれども、何か日記帳という感じでこういうこともスラスラと書いてしまう自分が怖い。

6月26日 ワールドカップについて

韓国代表が勝とうが負けようが、本音を言えばそれほど興味が無かった。にもかかわらずベスト4に残った時、そして、準決勝で敗れた時、思わず涙が出てしまった。理由はいくつかあるのだが、ここで一つだけ書いておきたい。
僕個人の経験上、常に韓国は汚い、韓国は卑しい、韓国の食物は臭い、お前はチョン公だ、と言われ続け、そのトラウマが今だに僕を苦しめているのだが、その韓国が日本の大勢の人たちに応援され戦っている姿を見ると、その僕の心の闇が少し癒されたのだ。
ベスト4になった時、子どもに「父さんおめでとう」と言っておくれ、と言い、子どもに「父さんおめでとう。韓国が勝って良かったね。」と言われ、何か自分の生い立ちの闇の柱がガタガタと崩れ落ちたような気がしたものである。
ワールドカップに対しては簡単には肯定できない僕ではあるが、ただただ今回のひたむきな韓国のサッカーの選手、サポーターたちの姿は、僕の心に揺さぶりをかけ、感動を与えてくれた。ひと昔前の僕ではとてもこうはいかなかった。
P.S. 勝負事と政治がとても嫌いな僕なのに…

6月21日 いのちについて

現象的に小さな命と大きな命、どれも命に変わりはないのだが、どうしても僕たちは人間の命、人間の大きさに近いものを大事にして、それを命の基準にしてしまう癖がある。なぜなら大宇宙も命だし、小さな小さな小さなプランクトンも同じ命であるのだが、実感的にはやはり人間が中心である。ところでここで僕は何を言いたいのかというと、人間はとても自己中心的なので、命についても自己チューの枠から離れない。だから他の国の人間を殺しても正義の旗を振れるし、いじめなどしても自己を正当化してしまう。そんな情けない枠の中でのイメージではせっかくの命が本当にもったいない気がする。無限大と無限小、両極の観点から、マクロ、ミクロから命を見つめるのもたまにはいいのかもしれませんよ。
P.S. この文は、7月13日(土)「平和と音楽のつどい2002」へのコンサートのテーマ"いのち"について、主催者からコメントがほしいとのことで依頼を受け、書いたものです。

6月14日 終わりを実感することが、今を大切にすることにつながるのかもしれない

高校時代、本当につまらないケンカで前歯2本折られて、ずーっと差し歯をしていた。とても信頼していた歯医者に去年、何十年ぶりかに新しい差し歯にしてもらってよろこんでいたにもかかわらず、その新しい差し歯がとても調子が悪く、他の信頼する歯医者に見てもらうと、一年ないし一年半で化膿する恐れがある、と。そうなるとこの前歯は2本とも一巻の終わり、差し歯さえももうできないとのこと。歌い手にとって前歯2本はとても大切な場所。俺にとっては歌手生命にも関わる一大事。
この歯が一日でも二日でも持つようにと願いながら、懸命に歌を歌っていきたいと思う。
かえって、歌を歌う日の終わりが来ることを実感できるので、ある意味ではいいのかもしれない。そう、終わりを実感することが、今を大切にすることにつながるのかもしれない。一日一日を大切に歌っていきたい。

6月7日 皆さん久しぶりです

久しぶりに、本当に久しぶりに書きます。僕の友だちの言葉によると、プーさんの日記みたいな言葉を楽しみにしている人もいると言ってくれたので、その言葉で久々に書こうと思いました。
人間が生きていくには様々な困難がありますが、その困難に勝とうが負けようが関係なく生きていく運命にある者は生きていかねばならず、人間は本当に全く運命に翻弄されながら生きていく動物なのでしょう。
僕もこの運命に漏れず、ヒーヒー、ハーハー、ヘトヘトになりながら、何とかかんとか生きています。日々刻々のあらゆる欲望にさいなまされながら、少しでも自由な実りある意味のある生き方を暗い闇夜に明かりの無い道を歩いているような様相を呈しながら歌っています。
このままでは悔やんでも悔やみきれない。死んでも死にきれない。何とかもっといい歌を作り、歌いたいと思っています。これからは僕にまた書いたらと言ってくれた友だちのためにも、くだらない言葉ではあるけれども一人でも喜んでくれる人がいるのならば、また書き続けていきたいと思います。
ファンのみんな、ファンではないみんな、心よりどうもありがとう。

----2001年----

3月23日 死の実感について

生きているときは、死の実感を人間はどうしても持てないものなのか。
死の実感を持てれば、生に感謝して感動的に生きていくことができると思うのだが、いかんせん、人間は自分の立場以外の実感を持つことをとても不得手にしている。
たとえば、病気の時には健康になったらどんなに嬉しくありがたいと思っても、いざ健康になるとすぐに健康に慣れてしまって、健康に対する喜びや感謝を忘れてしまう。
まさに、順応の動物ということを地で行っているのかもしれない。
僕は、この頃とても強く思うのだが、歌えなくなったときに歌いたいと憧れる気持ちで、歌を歌いたいと切に願うようになってきた。無くして初めて、感謝するようでは遅い。無くす前の感謝でなくては意味が無い。このことが僕の今の大きな課題。素敵な歌を心から歌いたい。

3月19日 気づきについて

自分に気づく。人に気づく。自分の愚かさに気づく。人の愚かさに気づく。気づくことに気づく。
社会の悪に気づく。環境破壊の悪に気づく。
人の愛に気づく。様々なことに気づく。
そして、自分は様々な大切なことに気づくことはできないのだと気づく。
でも、せめて一歩でも、少しでも、大切なことを気づきたい。そしてその結果、良い歌を歌いたい。

3月2日 努力するぞ

望みはいつも高くて、現状はいつも厳しい。最高の努力を自分に課したいのだが、怠け者の僕は続かず、いつもさぼりまくってしまう。
今度こそ、今度こそ、明日こそ、明日こそ、最高に努力したいと思うのだが、46年間いつも空振り。
要は自分の立場を最高のものにしたいのではなく、最高の努力がほしいのだ。僕は努力をしたいのだ。
とにかく、死ぬまでに一度でもいいからこれ以上ないというくらいに努力をしてみたい。いや、努力するぞ。
そう、懸命に歌の人生を歩くんだ。懸命に練習するぞ。明日からがんばろう。
追伸:でも明日も僕はさぼっているんだろうなぁ…。

2月26日 とにかく歌い続ける

非常に厳しい状況にあるが、とにかく懸命に、歌い続けられる限り、歌い続ける。
歌えなくなるその日まで、心をこめて歌い続けていきたい。愛の歌を。

2月20日 インディーズ2週連続1位になりました

インディーズミュージックのランキングサイト「Indies Hit Channel」に登録している僕の曲「give us peace」が、2週連続の1位になりました。みなさんどうもありがとう。
そして、「人生」が7位、「愛と勇気を」が11位になりました。
これからは一人でも多くの人に僕の歌を聴いてほしいので、この3曲が上位になったことは一つの小さなきっかけになると思うので、本当に心から喜んでいます。
これからも歌いつづけていくので、みなさん応援よろしく。
ライブにも是非いらっしゃって下さい。待っています。

2月6日 みなさん、よろしく!

2001年が始まって、はや2月になりました。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
僕は変わらず歌う毎日を送っています。長めの髪を短く切って、今年こそはと、はりきっているところです。
インディーズミュージックの人気投票のホームページで、僕の歌の「give us peace」が2位になったということもあり、年頭にあたり少し気分がいいところです。
とにかく今年は僕の苦手な「露出」を命題にしているので、みなさんにお会いできるときが多いかもしれません。
46歳と7ヶ月、まだまだケツが青いのですが、これからも懸命に歌っていくので、みなさん、よろしく!

1月15日 年頭に想う

生と死の口づけ
それが僕にとっての歌である

----2000年----

12月4日 日本人は急激に変わったのかもしれない

NHKの番組に1970年代や1960年代のその当時のドキュメンタリー番組が放送されていて、僕を大いに驚かせることが一つあった。それは、その当時の人々の純粋さを感じさせてくれる目の輝きである。確かに現代の人々の目とはまったく違う様相を呈しているのだ。
幾度も僕の目の錯覚かもしれないと思ったが、結論的に、どうしても違うのだ。同じ日本人でありながら、たかだか30年や40年でこうも違う目つきになってしまうものかと、本当に大いに僕を驚かせた。このことから、たくさんの事実や真実が推し量れることができるのだが、そのことはあまりにも字数が多いため、この僕のホームページを見てくれた皆さんに考えてもらうことにしたい。

11月27日 歌うことの意味を知る

歌を長年歌い続けると残念ながら大きな空しさに心も体も支配されるときがある。突然襲ってくるのだが、でも、常にこの空しさは潜在的に強く僕の心と体を貫いている。しかし、2、3日前、大きな喜びがあった。それは、僕の歌で悲しみ深い人がほんのすこし勇気が湧きおこり、その苦しい顔にほんのひととき、笑みがこぼれた。そんなイメージが僕の心の中にほんの一瞬現れた。ああ、これで僕はこれからも歌い続けることができる、と確信した。

11月10日 終わりのある人生

去年僕は腸のヘルニアの手術をした。その手術痕がいまだに痛むときがあり、その痛みとともに、入院した日々、手術台に乗せられたあの何と言うか、頼りない情けない不安な時を思い出す。重症患者の人たちと比べると、僕の病気はとても軽く、何のことはないのだが、しかし、それでもやはり自分のことは小さなことでも苦しく、術後の痛みにのたうちまわった。病院ではこの世を去る人も多いのに、僕は自分の痛みだけに心が動いた。そして、人間はほとんどの人が病院で苦しみながら最期の時を送るのだと思うと、僕の心は痛みとともに恐怖にうち震えた。
そして僕は思った。どうせ終わるのなら、少しでも懸命に生きていきたい。少しでも真剣に生きていきたい。みんなとコミュニケーションしたい。僕の幸運は、歌があるということ。歌を手段に必ず終わりのある人生を生きていきたい。

11月6日 今日の常識は明日の非常識

人間というのは、日々の生活の流れの中で当たり前なことが当たり前ではなくなり、当たり前ではないことが当たり前になってゆくな、ということがこのごろ強く感じられる。昨日までの常識が今日の非常識になり、ひどいときにはまた明日の常識になってしまう。そんな矛盾の中で、みんな本当に面白いくらいに情けないくらいに懸命に一つ一つほとんど疑問も持たずに自分のものにしてしまう。このことを強さというのか弱さというのかどちらでもないのか評価は分かれると思うが、この矛盾がプラスに働けば、それはそれなりにとても素晴らしいことなのだろうが、マイナスに働いたときには、それはそれは恐ろしいことになる。
そんな世の中で、僕は何を歌うのだろう。僕はどんな歌を作ればいいのだろう。答えはまだまだ見出せず、この僕自身も世の中の大きなうねりの中で、昨日の常識は今日の非常識、昨日の非常識は今日の常識、明日の常識は…。と、ほんろうされながら疑いも持たずに生きていくのか?さてさて困ったものだ。

11月3日 団結まつりのコンサートを終えて一言

今日のコンサートは労働運動関係の人たちが多いお祭りのコンサートで、僕にとって新鮮な感じがして、とても楽しいひとときになりました。様々な運動団体の人たちと友だちになったり、アジア・アフリカの人たちのコーナーもあり、特に、エジプトの人とはとても仲良くコミュニケーションができて、有意義でした。
僕の昔からの悪い癖は、人との付き合いが下手で、ひきこもり的なところがあり、自分自身に全く自信が無いので、一人きりが多かったのですが、今こうして歌の仕事をして、様々な人との出逢いの中で、今まで気づかなかった自分に気づいたり、実は自分はなかなか外交的な部分もあるということに気づいたり、一人きりではまったく気づかなかったことが、徐々にだけど気づきつつあります。そういう意味においても、歌の仕事を続けてきて良かったなと思う今日このごろです。
歳のお陰か知らないけれども、最近、何かしら気づくことが多く、人生の意味が少しわかったような気がします。苦しく悲しく辛い人生、少しでもみんなとふれあい、少しでも意味のある楽しい人生にしたいと思うようになりました。
今日、団結まつりに集まってくれた人たちと再び会うことの可能性は少ないと思うけれども、その人たちに心から素晴らしい人生を送ってください、と願いながら僕の一言を終えます。

10月30日 長い長い眠りから覚める。うーん、そんな気がする。

今日車の中で、ふと、不思議な気持ちになる。言葉では言い表せないのだが、言葉にすると、長い長い眠りから覚めたような気がした。それはもしかしたら、二十歳の頃に眠りに入り、今目覚めたのか、二年前に眠りに入り、目覚めたものなのか、混沌としていて、定かなものではないのだが、しかし、今、単に、目覚めたというような言葉が一番僕にとってしっくりするのだ。もっとはっきり言えば、今の僕が二十歳の頃に帰ればきっと今より良い人生を、充実した人生を、回り道しない人生を、後悔の少ない人生を送れただろうと思う。そういう意味において、長い朦朧としていた時間の流れの中で、眠っていたといっても過言でない時間を送っていた僕は、今、少し青ざめていて、46歳の僕がこれから大げさに言えば生まれ変わったとしても、長い眠りから覚めたとしても、何ができるのだろうと疑問に思ってしまう。
本当に今の気持ちがあの頃にあればと、顔をゆがめながら幾度も思い返してしまう。
しかし、時が返らないのはあまりにも当たり前の事実、現実。今僕は布団から起き上がり、大きなあくびをした後、体に、心に、魂に、自分の意志で適当な緊張感を与え、音楽という仕事を命をかけてしていこうと思う。

10月27日 人の思い違い

隣の芝生は青く見えるということはみんな頭ではよく分かっているのだが、どうしても心では、そうはいかない。青く見える芝生は実際行ってみると枯れていたり石ころが落ちていたり、土だらけになっていたりして、遠くから見える青い芝とは思えないほど。理屈では本当によく分かっているのだが、心が追っつかない。
この比喩は一事が万事で、今の世の中のあらゆるところでこういう思い違いが起きていると思う。もちろん、石ころだらけの芝生でも人によっては問題はないのだが、どうしても一般的には青い芝生を好むもの。隣の家の芝生が青々と見えると人はどうも落ち着かなくなり、平静を失ってしまう。
このようなことから、様々な事件や問題が噴出しているということが現実である。
いい加減、そんな世界からおさらばしたい僕は、今日もまた、ただただ、歌を歌い続ける。

10月20日 うーん、今日は何も書く気がしない

何か書こうと思ったが、今日は書くことに全く意味を見出せず、結局、書くことをやめようとしたことを書くことにする。何かを書くということは、ある程度心が燃えてなくてはできない作業で、そういう意味では今日の僕は全く燃えていないのかもしれない。
でも、書くことをやめようとしたことを書いているということは、少なからず、少しは、燃えているものが僕の心の中にあるのだろう。
しらけた日々の多い毎日だけど、命の灯火を消さぬよう生きているのか、死ねないから生きているのか、こんな基本的な問いにさえ、今の僕には答えが見出せない。
いつかきっといいことがあるのだろうと思いながら、いや、今が一番いいのだと思ったりもしながら、訳が分かったり訳が分からなかったりする日々を送る毎日。「時々刻々」を強烈に生きていきたいのだが、如何せん、僕のこのレベルではたかが知れている。きっと目標の一割にも満たないのだろう。怠惰はその時はとてもいいのだが、あとあとがいけない。苦虫を噛み潰したような気持ちになる(46年の間に苦虫を噛んだことはないのだが…)。まあとにかく、簡単に言えば、上述の意味合いで、僕は今日は書くことをやめようとした。
次回はきっと書きたいと思って書けると思う。定かではないが。
外は雨。昔風で言えば、僕の心も雨。でも僕は明日も歌い続ける。

Image 9月25日 9・16下北沢ライブを終えて

当日は、台風の影響による雨にもかかわらず、たくさんの人が来てくれて、会場も満杯になり、心から感動し、感謝し、自分自身の中にある、ありとあらゆるものを歌声に乗せた。
まだ幾分かうまく歌おうとか、お客さんに対しておもねる気持ちがいくらかあったのだが、今の自分の実力を考えれば、今回のライブはほぼ、満足の行くものになったと思う。
歌いながら感じたことだが、ライブはまさに、みんなでつくるもの。お客さんから見れば、ソロで歌う人間が一番目立つとは思うが、実は歌う僕にしても、ライブの中での一つの役割を果たしているに過ぎず、みんな一人一人がその役割を果たして、ようやくその素敵なライブができているのだ。もちろん、お客さんの役割もとても大きく、ある意味においては、お客さんがライブをつくると言っても過言ではない。要はとにかく、みんなでつくるということがライブの喜びなのだ。
歌を終えた瞬間、お客さんやPAの人や照明の人、スタッフ、バンド、さまざまな人に感謝の念で胸がいっぱいになる。だけど、そののちに、ライブをやり終えたという実感の後に出てきたものは、もっといいものにしたいという前向きな姿勢と今までの自分の人生や、自分の歌に対する不満が、泉のように溢れ出て、しばしぼう然とする。先の全く見えない人生、これからも懸命に命をかけて、歌っていきたいと願う。

9月8日 歌の旅に出た20年前を思い出しながら

長年(10代から46歳の今まで)ギターを弾きながら歌を歌ってきたのだが、今回の9月16日の北沢タウンホールライブでは初めて、10曲中9曲はギターを持たずに歌うことにする(フルバンドなので)。リハにてギターを持たずに歌うと、これが実に自由で気持ちよく、自然に体も動き、歌をまさに歌うことができた。
本当に長年弾き語りをしてきたので、ギターを持たずに歌うということが僕の世界にはなく、今回のこの出来事は僕にとって青天の霹靂と言ってもいいだろう。つまり今までの自分にとって無い世界なのである。あまりの驚きに、長年愛用してきたマーチンD35に非常に申し訳なく思ってしまった。財政上、物理的にフルバンドでのコンサートは厳しいものがあるが、これを機にギターを持たず歌だけに集中したいと思う。今、初めて気づいたのだが、僕はギターを弾くことには向いていない。
本当に残念だが、長年、ギターを弾いてきた僕だから言える。しかし全く弾かないということはあまりにもさびしいので、たまにはコンサートで弾いてみたい。ギターを弾かずに歌うということは、一般的にはとても当たり前のことなのだが、僕にとっては大きな大きな出来事。このように世の中にはちょっとした事が大きな変化をもたらすことが多々あると思う。何でこんなことに気づかなかったのだろうと思うことさえ、気づかないことが多々あると思う。残された貴重な音楽人生、あらゆることにたくさん気づいて変ってゆき、すばらしい音楽人生を歩みたいと願う。その意味で下北でのライブはとてもいいきっかけになると思う。みなさん、この夫赶寛ライブによければいらっしゃってください。お待ちしています。
――日々刻々と変りたい夫赶寛より。

9月1日 北沢タウンホール・本リハーサル前日

今年の夏46歳になって、(いまだに僕は自分の誕生日を知らない。だいたいこの月とこの日だろうということにしている。簡単に言えば夏生まれでOKなのである)ようやく26歳の時から歌の旅に出て、20年。少し歌というものが分かってきた。
ほんの少しだが歌うことの喜びと歌うことの意味が、自分なりに骨肉化してきた。このまま歌い続けると、あくまでも予測だが5年10年後には、むむ、もしかしたら僕はまさに歌うために生まれてきたのだということを痛感するのかもしれない。可能性はとても低いとも言えるし高いとも言える。とにかく僕はこれからも歌い続けることができなくなるその日まで、歌い続けていきたい。
たったひとつしかない人生、歌のためにずいぶん犠牲も多かったけど、今僕は納得しかけている。歌を通じて言葉では言い尽くせぬあらゆるものを感じてきた。今まで得たものを多くのみんなに返し、伝えたい。
ふりかえるとずいぶん遠回りしてきたが、今、強く確認した。少し照れてしまうけど、「愛と勇気」を歌を通じてみんなと共有できれば、僕の人生に悔いはない。
46年かかったけど、ようやく人生のスタートラインについたような気持ち。今僕はハッピーです。

8月 早稲田奉仕園にて定例ミニライブ

いつもは40人ぐらい入るコンサート。今日は20人。努力しているのにこのさみしさ。
最初はかなり不満な気持ちで歌うが、徐々に歌に気持ちが入り100%全開で最後は終える。
打ち上げにくりだすと、盆のために街は閑散としていて、人の姿はほとんどない状況。
こんなに人がいない時に来てくれたお客さんたちに対してようやく強い感謝の念がわいてくる。
お客さんの入りが悪い事にいらいらした自分に大いに嫌悪し反省する。
今年の夏で歌いだして20年。俺はまったくまだまだ人間ができてないと反省する。

もっともっと、けんめいに歌うぞ!
チャンプルー街ライブ、下北ライブがんばるぞ!